石田文乃は豚のように深く眠り込んでいて、今この時、空から刃物が降ってきても起こすことはできないだろう。
Redバーは帝京大学の近くで最も有名なバーで、帝京全体でも名の知れた存在だった。
水野日幸はバーに入ると、すっかり別人のようになり、イケメンの少年に変身していた。最も彼女をよく知る人が目の前に立っていても、彼女だと気付くことはできないだろう。
スマートなスーツ姿、凛とした立ち姿、さっぱりとした短髪、端正な顔立ち、気品に満ちた冷たい雰囲気は、バーにいる様々な美女たちの心をときめかせ、思わず声をかけずにはいられなかった。
水野日幸は次々と寄ってくる美女たちの誘いを丁寧に断り、3階のVIP個室へと向かった。
3階の廊下は薄暗かった。
305号室は、特進クラスの人々が寛いで集まる場所だった。
近くで、ウェイターがワゴンを押してきたが、間近に来た時、表情が一変し、苦痛に顔をゆがめ、汗を流し、両足まで震え始めた。
「どうしましたか?」水野日幸が近寄って尋ねた。
「私は...お腹が痛くて、トイレに行かなければ」ウェイターは苦痛の表情で腹を押さえ、もう耐えられない様子だった。
「どの部屋に行くんですか?私が代わりに届けましょう」水野日幸は知っていながら尋ねた。
「305です。早く中に入ってください。曽我三男様は今日機嫌が悪いんです。遅れると怒り出すかもしれません」ウェイターは感謝の眼差しで彼を見つめた。「兄弟、ありがとう。後で一杯おごらせてください」
「気にしないでください」水野日幸は言い終わると、親切にも薬を一錠渡した。「下痢止めの薬です」
ウェイターは薬を持って後ろを押さえながら、トイレの方向へ必死に走り去った。
水野日幸はウェイターの背中を見つめながら、口元に笑みを浮かべた。完璧な計算通り、すべては彼女の計画通りに一歩も狂わず進んでいた。
彼女はワゴンを押しながら、305号室のドアをノックした。
「ふん、分をわきまえない犬め。あいつが売れるなら、このボトルを丸飲みしてやるよ」
「芸能界は誰でも入れると思ってるのか?三男様の一言で、二度と這い上がれなくしてやれるのに」
「あんなゴミみたいな脚本、監督が三男様に土下座して頼んでも、見向きもしないだろう。あいつみたいなのだからこそ、ゴミを宝物と思えるんだ」