葛生は約束の場所、バス停で待っていた。ボスの家の女の子が厚着をして、マフラーを巻いて、ボスからもらった手袋をはめ、サングラスまでかけているのが見えた。
水野日幸は彼の前まで走ってきて、少し離れた大きな木を指さして「あそこに行きましょう!」と言った。
葛生は彼女の声が少しかすれているのを聞いて、すぐに警戒心を抱いた。もしかして昨夜聞いてしまったのだろうか。ボスの心配は的中していた。
水野日幸は単刀直入に切り出した。「あなたのボスの体の検査結果、特に足のことについて全部欲しいの。彼に知られないように、全部私に渡してくれない?」
葛生は困った様子で、ボスに知られずに隠し事をするのは、見つかったら死ぬことになる。「水野お嬢様、昨日あなたは…」
水野日幸は頷いた。「全部聞こえたわ。神経の痙攣なの?」
葛生はため息をついた。「ボスの足が悪くなってから、よくこうなるんです。持病みたいなものです。」
水野日幸は「足を怪我してから、リハビリはしたの?」と尋ねた。
葛生は首を振った。「していません。」
ボスは以前から世の中に絶望し、生死に執着がなくなっていた。何もかもどうでもよくなっていて、リハビリどころか病院にも行かなかった。
彼らは命がけで何度も説得したが、ボスが決めたことを、彼らごときが変えられるはずもなかった。
水野日幸は声を落として、真剣な眼差しで彼を見つめながら言った。「分かったわ。私を信用できるなら、彼の検査資料を全部私に渡して。何とかする方法を考えるから。」
葛生は彼女にどんな方法があるのか分からなかったが、彼女の説得ならボスも聞き入れるかもしれない。「水野お嬢様、もしボスに検査とリハビリを受けさせることができたら、これからは葛生、あなたに忠誠を誓います。感謝の念に堪えません。」
浅井が言うには、ボスは足が悪くなったのではなく、心が死んでしまったのだと。この世に気にかける物がなくなり、努力する動機を失ってしまったのだと。
でも今は違う。ボスが見つけた女の子が現れた。ボスは彼女のためなら、きっと頑張ってくれるはずだ。
水野日幸は葛生から詳しい状況を聞いて、心配と怒りが込み上げてきた。今すぐにでも行って、なぜそうしたのかと問い詰めたい気持ちだった。