観衆のレースファンたちも唖然としていた。その人が突っ込んでいって、レーサーを車から投げ出し、車を奪って逃げていくのを目の当たりにした。
レーサーは怒りで顔を真っ青にして、罵声を浴びせた。
ファンたちは赤い車影を一瞬だけ目にした。その車の非人間的なスピードは、先ほどの4号車と比べても引けを取らないどころか、それ以上だった。再び熱狂的な歓声が上がった。
空は、完全に暗くなっていた。
両側の街灯が一列に明るく灯り始めた。
深いブルーのマクラーレンは既に山道に入っていた。坂道とカーブは極めて難しい。
水野日幸はブレーキが壊れた最初の瞬間に、気付いていた。
スポーツカーが二つ目のカーブを曲がる時、ブレーキが突然効かなくなった。彼女の技術が優れていなければ、直接山に衝突して、車も人も終わっていただろう。
ブレーキが理由もなく壊れるはずがない。確実に誰かが細工をしたのだ。
辻緒羽はバックミラーを通して、もはや他の車は見えなくなっていた。他のレーサーたちは、とうに遠く後ろに置き去りにされていた。「日幸姉、マジで、俺は生まれてこのかた、誰も尊敬したことがなかったけど、あなたが初めてだ。完全に参りました」
「私を信じてくれればいいの」水野日幸は逆に落ち着いた様子で、笑いながら彼に尋ねた。「緒羽様、話してくれる?あなたと彼らの因縁について」
この件は、本来辻緒羽の心の中の結び目であり、触れてはいけない逆鱗でもあった。誰が触れても、誰が聞いても災いを招くものだった。
しかし今この瞬間、彼女に対して、突然強い告白の衝動が湧き上がった。
水野日幸は静かに彼の話を聞いていた。彼は心を開き、すべてを彼女に打ち明けた。心に押し込めていた憂鬱、苦痛、そして後悔を。
清水年彦は、清水家の長男で、三代目の一人息子だった。辻緒羽より二歳年上で、辻緒羽は彼を兄のように慕い、共に行動していた。
清水年彦という人物は冒険好きで、エクストリームスポーツを愛していた。スカイダイビング、ロッククライミング、サーフィン、バンジージャンプ、渓流下り、カーレース、人体の限界に挑戦するスポーツなら何でも上手くこなした。
その中でも彼が最も好んだのがカーレースで、15歳の時にレーシングチームを結成し、13歳だった辻緒羽をチームに引き入れ、運転とレースを教えた。