第652章 兄と寝てろ

長谷川深は笑って、手袋を持って彼女の前に歩み寄り、しゃがんで言った。「飴を横に置いて」

水野日幸は首を振り、目の前の男性の端正な顔立ちを見つめ、胸が高鳴り、思わず唾を飲み込んで尋ねた。「お兄さん、もう食べていい?」

長谷川深は一瞬戸惑ってから彼女の言葉の意味を理解し、何も言わずに彼女の手を取り、優しく手袋をはめてあげた。そして指を軽く引っ張り、しばらくしてから答えた。「だめだよ」

この小さな頭の中で何を考えているんだろう?今、彼が彼女に触れでもしたら、彼女の父親に刀で切られてしまうだろう。

「じゃあ、ちょっとだけ甘い思いをしてもいい?」水野日幸の声は低く、かすれていた。

長谷川深は星のように輝く少女の瞳を見つめた。純粋で無邪気な眼差しに、彼の心臓は胸の中で激しく鼓動した。彼女の唇に視線を落とし、すぐに逸らして、かすれた声で言った。「見つかってしまうよ」

水野日幸は鼻を鳴らした。「臆病者」

長谷川深は愛おしそうに笑い、彼女に近づいて軽くキスをした。「ちょっとだけなら、甘い思いをしてもいいよ」

水野日幸は彼の首に腕を回し、さらに進もうとした。

長谷川深は彼女の額に自分の額をつけ、それ以上の行動を制した。このまま自制が効かなくなって、唇を腫らしてしまったらどうしよう。さらに優しく掠れた声で言った。「お誕生日おめでとう」

二人は顔を寄せ合い、お互いの息遣いを感じていた。

水野日幸は彼の首筋に顔を埋め、深く、深く息を吸い込んだ。胸の中が幸せで満ちあふれ、目が温かくなり、少し痛くなってきた。

「どうしたの?」長谷川深は少女の突然の奇妙な行動に少し慌て、大きな手で優しく彼女の髪を撫で、唇を彼女の耳元に寄せた。

水野日幸は子猫のように彼の首筋にすり寄り、深いため息をついた。「お兄さん、あなたと一緒にいられて本当に幸せ」

この瞬間、これまで経験してきたすべての辛さ、痛み、苦難が、突然よみがえり、そしてまた消え去った。心の痛みや絶望が消えた後に残ったのは、幸せと喜びだけだった。それは満ち溢れていた。

長谷川深は彼女を抱きしめ、口角を少し上げ、とても小さな声で、まるで彼女に言うように、また独り言のように言った。「僕の側に来てくれて、ありがとう」

水野日幸の涙は突然堰を切ったように溢れ出し、唇を噛んで声を出さないようにした。