来栖季雄は書斎に上がって書類を取り、また階下に降りた。
千代田おばさんはエレベーターから出てきた来栖季雄を見て、すぐに手を止めた。「来栖社長、もうお帰りですか?」
来栖季雄は冷ややかな表情で軽く頷き、玄関へと真っすぐ歩いていった。靴を履き替え、玄関の車の鍵を手に取る時、振り返って客間で平安時代の陶器の置物を拭いている千代田おばさんを見つめ、二秒ほど躊躇してから、ついに尋ねた。「奥様の具合はここ二日どうですか?」
千代田おばさんは来栖季雄の質問を聞いて、すぐに丁寧に答えた。「奥様は昨日からずいぶんよくなられました。今日は更にお元気そうで、大したことはないかと…」
千代田おばさんの言葉が終わらないうちに、来栖季雄は車の鍵を持って、ドアを開けて出て行った。
まるで鈴木和香の様子を尋ねた人が自分ではなく、千代田おばさんが一方的に話しかけてきたかのような態度だった。