第69章 驚くべき演技(1)

来栖季雄は書斎に上がって書類を取り、また階下に降りた。

千代田おばさんはエレベーターから出てきた来栖季雄を見て、すぐに手を止めた。「来栖社長、もうお帰りですか?」

来栖季雄は冷ややかな表情で軽く頷き、玄関へと真っすぐ歩いていった。靴を履き替え、玄関の車の鍵を手に取る時、振り返って客間で平安時代の陶器の置物を拭いている千代田おばさんを見つめ、二秒ほど躊躇してから、ついに尋ねた。「奥様の具合はここ二日どうですか?」

千代田おばさんは来栖季雄の質問を聞いて、すぐに丁寧に答えた。「奥様は昨日からずいぶんよくなられました。今日は更にお元気そうで、大したことはないかと…」

千代田おばさんの言葉が終わらないうちに、来栖季雄は車の鍵を持って、ドアを開けて出て行った。

まるで鈴木和香の様子を尋ねた人が自分ではなく、千代田おばさんが一方的に話しかけてきたかのような態度だった。

来栖季雄は車のドアを開けて座り、ハンドルを回して脇の空き道で方向転換をした。バックミラーで道路状況を確認した時、日傘を差して花壇で身をかがめて花を摘んでいる鈴木和香が目に入った。来栖季雄の眉が微かに動き、急ブレーキを踏んで車は止まった。

来栖季雄はバックミラーの中の鈴木和香をじっと見つめ続け、しばらくしてからポケットからタバコを取り出して火をつけた。その動作は一連の流れで優雅だったが、視線は一度もバックミラーから離れなかった。

タバコが燃え尽きて指先が熱くなるまで、来栖季雄はようやく我に返った。それでもバックミラーを見つめたまま、何気なく灰皿にタバコの吸い殻を押し付け、窓を下ろして車内のタバコの匂いを散らした。そして唇を強く噛みしめ、無理やりバックミラーから視線を外し、ハンドルを強く握りしめてアクセルを踏み込むと、車は一気に別荘の門を飛び出した。

鈴木和香は大きな花束を摘み、上機嫌で家に戻ると、千代田おばさんに空の花瓶を持ってきてもらい、花を生けた。それからけんで余分な枝葉を切り落とし、満足そうにテーブルの中央に置いた。

鈴木和香が手を洗っている時、千代田おばさんはふと戻ってまた出て行った来栖季雄のことを思い出し、鈴木和香に言った。「奥様、先ほど来栖社長がいらっしゃって、書類を取られてまたお出かけになりました。」