鈴木和香の心の中に、馬場萌子の言葉によって浮かんでいたかすかな期待は、来栖季雄によってこうして打ち砕かれてしまった。
馬場萌子の言葉を信じていた。彼が数年連続で影帝を獲得し、撮影は常に一発OKだったことを、どうして忘れられただろう。彼が飛び込んで彼女を救ったのは、彼女を心配してのことではなく、ただ演技に付き合っただけだった。
冷水に浸かったせいで、鈴木和香の顔は血の気が失せて青ざめていた。彼女は必死に表情を平静に保とうとしていたが、彼女の後ろに立っていた馬場萌子は、不満げに口を開いた。「来栖社長、和香が水に落ちたのは故意じゃありません。誰かが和香のハイヒールを細工して壊したから転落したんです。和香はただ、これまで撮影した分が無駄になるのを恐れて、咄嗟の演技をしただけなんです……」
来栖季雄は馬場萌子の言葉を聞いて、一瞬表情が固まった。視線が鈴木和香の足元に向けられ、彼女が靴を履いていないことに気づいた。彼の眉間に深いしわが寄り、目に一瞬だけ鋭い光が走った。そして馬場萌子の言葉を最後まで聞くことなく、水の滴る服のまま、無表情で撮影現場を後にした。
馬場萌子は来栖季雄の背中を見つめながら、思わず口をとがらせた。「なんて態度なの!」
鈴木和香は何も言わず、ただティッシュで顔の水滴を拭い、立ち上がって更衣室で着替えを済ませると、馬場萌子と共に撮影現場を後にした。
鈴木和香がホテルに入る時、撮影スタッフの一人とばったり出くわした。スタッフは若い女の子で、鈴木和香に向かって甘く「鈴木姉」と呼びかけた。鈴木和香も微笑みながら軽く頷き返し、二人はすれ違った。部屋に戻ってから、鈴木和香はふと、その女の子をどこかで見たことがあるような気がした。しかし、撮影スタッフが多すぎて、すぐには思い出せなかった。夜、ホテルのレストランで食事をしている時、その女の子が林夏音のアシスタントと同じテーブルで食事をしているのを見かけ、隣に座っていた馬場萌子に小声で尋ねた。「林夏音のアシスタントの隣に座っているあの子、どこかで見たことがあるような気がするんだけど、私たち、どこかで会ったことある?」