来栖社長は皆と遊びに行くどころか、むしろ場を潰しに来たようなものだった。個室に入るなり、そこに座り込んで一言も発せず、しかも険しい顔をしていたため、部屋全体の雰囲気が一気に重苦しくなってしまった。
この業界では、多くの女優たちが来栖社長に近づきたがっていた。裏では「来栖社長を落とせば芸能界で天下を取れる」という噂が広まっていたのだ。
しかし来栖社長は近寄りがたい雰囲気を醸し出していて、臆病な女優たちは近づく勇気もなかった。もちろん大胆な女優もいたが、撮影以外で来栖社長が人と集まって遊ぶことは稀だったため、大胆な女優たちにもチャンスがなかった。だが今夜、来栖社長の出現は、大胆な女優たちにとってまたとないチャンスとなった。
林夏音さんは酒で勇気づけられたのか、一曲選んで来栖社長の前に歩み寄り、色っぽい目つきで来栖社長を見つめながら、デュエットを申し出た。
その直前まで無言で冷たい表情を浮かべていた来栖社長は、突然激怒して林夏音さんを散々に罵倒した。
あまりにも急な展開に、部屋中の人々が呆然としていた。KTVから流れる心地よい音楽だけが室内に響き渡り、林夏音さんでさえ、罵倒されてからしばらくして、やっと目に涙を浮かべて個室から飛び出していった。
アシスタントの回想とともに、エレベーターのドアが開いた。アシスタントは脇に立ち、来栖季雄が出てから後に続いた。
ホテルの部屋に戻ると、アシスタントは来栖季雄が昼間プールに飛び込んだことを思い出し、撮影に影響が出ないよう風邪を引かないために、ホテルのスタッフに生姜湯を作らせた。
アシスタントは従業員が持ってきた生姜湯を手に、来栖季雄の閉ざされた寝室のドアをノックした。約1分後、中から淡々とした「どうぞ」という声が聞こえた。
アシスタントがドアを開けると、刺激的なタバコの匂いが漂ってきた。眉をひそめながら、窓際に立つ来栖季雄を見た。彼は煙草を指に挟み、黙って窓の外を見つめており、KTVの個室で見せた怒りの様子は完全に消えていた。
このような来栖季雄の姿を、アシスタントは何度も目にしていた。深夜、一人でタバコを吸いながら物思いにふける彼の姿を。まるで何かを、あるいは誰かを思い出しているかのように。表情は穏やかに見えても、その周りには濃密な寂しさと悲しみが漂っていた。