来栖季雄は唇を引き締め、白いシャツを無造作に洗濯かごに投げ入れた。その後、二階に上がって救急箱を探し出し、更衣室の大きな姿見の前にしゃがみ込んで、綿棒を手に取り、苦労しながら腕を伸ばして背中の傷口を消毒した。
痛みのため、彼の表情は幾分緊張していた。手の届かない箇所があり、来栖季雄は何度か試みたが、最後には諦めて救急箱を片付け、上半身裸のまま床から天井までの窓の前に立った。
丘の上の夜空には、月の光が淡く、星々が瞬き、美しい景色が広がっていた。
来栖季雄は暫く空を見つめていると、鈴木和香の顔が幻のように浮かんできた。彼は一瞬その場で動きが止まり、携帯の着信音で我に返るまで、自分が幻覚を見ていたことに気付かなかった。
来栖季雄は目を伏せ、しばらくその場に立ち尽くしてから、寝室に戻って携帯を手に取った。着信表示を確認すると、『傾城の恋』の監督からだった。来栖季雄は画面をスライドさせて電話に出た。
「来栖社長、午後の撮影現場のブランコの件について、調査が終わりました。小道具チームが道具の準備をする際のミスで、ロープが壊れていることに気付かなかったようです。彼らを厳しく叱責しましたが、この後の対応についてはいかがいたしましょうか?」
来栖季雄は眉を僅かに寄せ、質問に答えずに尋ねた。「本当に調べ尽くしたのか?」
「小道具チームの者が自ら認めました。」
来栖季雄は携帯を握ったまま、何も言わなかった。
電話越しであっても、監督は来栖季雄の沈黙に押しつぶされそうな圧迫感を感じ、額に汗が浮かんでいた。
しばらくして、来栖季雄はようやく淡々と口を開いた。「調査が済んだなら、後は適当に処理してくれ。」
来栖季雄の口調には特に感情が込められていなかったが、監督は何故か心の底から不安を感じた。彼は相談するような口調で、慎重に言った。「直ちに彼らを解雇し、新しいスタッフと交代させますが、来栖社長、それでよろしいでしょうか?」
「好きにしろ。ただし、現場でこのような事態が二度と起きないようにしてくれ。」来栖季雄は冷淡にそう言い放つと、すぐに電話を切った。
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