鈴木和香は手を上げて、額の傷に触れた。「ただ皮が剥けただけよ。二、三日で治るし、絶対に傷跡も残らないから、病院に行く必要なんてないわ」
監督は決断できず、来栖季雄の方を見て、意見を求めた。
来栖季雄は、鈴木和香が触れたことで額に広がった大きな血痕を一瞥し、拒否を許さない口調で言った。「病院へ行く!」
「本当にそこまでする必要は…」鈴木和香の言葉が終わる前に、来栖季雄は硬い口調で遮った。「君、これは私が投資している撮影現場での事故だ。今は大丈夫だと言っても、後で病院で何か問題が見つかって、制作側を恐喝でもされたらどうする?」
鈴木和香は口を開いて、そんなことはしないと説明しようとしたが、来栖季雄は彼女に話す機会を与えず、さらに続けた。「それに忘れないでくれ、君は環映メディアの所属タレントだ。事故が起きたのに病院にも行かないなんて、後で我が社がタレントを虐待しているなどという醜聞が流れるのは御免だ!」
来栖季雄はそう言いながら、監督から車のキーを奪い取り、鈴木和香の腕を掴んで近くに停めてある車の方へ歩き出した。数歩進んだところで、何か思い出したように立ち止まり、振り返って監督を冷たい目で見つめた。監督は身震いしたが、次の瞬間、来栖季雄は車のキーを持った手で遠くの壊れたブランコを指さし、強い口調で言った。「私が戻るまでに、あのブランコがなぜ突然壊れたのか、納得のいく説明を用意しておけ!」
言い終わると、来栖季雄は冷たく顔を背け、鈴木和香の腕を引っ張って立ち去った。
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来栖季雄の運転する車はかなりのスピードで走り、二人の間に会話はほとんどなかった。山荘から市内までは通常二時間はかかるところを、一時間半で市立総合病院に到着した。
来栖季雄は鈴木和香の意見など全く聞かずに、彼女を救急外来に連れて行き、受付を済ませると、医師に向かって「全身検査をしてくれ」と一言だけ投げかけた。
鈴木和香には一瞥もくれず、大股で歩いて立ち去った。
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全身検査にはかなりの時間がかかり、来栖季雄は廊下で待っているうちに少し退屈してきた。
時折、左側の背中を押さえては眉間にしわを寄せ、何かを我慢しているような様子だった。