正直に言えば、最初の来栖季雄もあの夜、鈴木和香と何かが起こるとは思っていなかった。多くの場合、気にしすぎると、あらゆる面で慎重になりすぎてしまう。一度何かが起これば、最後には傷つける取引になってしまうのではないかと恐れていた。
来栖季雄がそう心配し、鈴木和香もそう心配していたため、翌日、二人とも相手がどのように切り出すのかと思いながら不安を抱えていた。結果的に、お互いが昨夜のことについて何も説明しようとしないのを見て、暗黙の了解で沈黙を選んだ。
ある種のことは毒薬のようなもので、一度始めると、もう止められない。
翌日も来栖季雄は桜花苑に滞在し、夜になると二人とも昨夜のことについて相手がどう思っているのか気になりながらも、前夜と同じことを続けた。
この幸せは、あまりにも突然訪れ、まるで夢のようだったが、どちらもそれを壊したくはなかった。
お互いの心の中には、相手への想いがあった。
鈴木和香は、一度口を開けば来栖季雄との関係が元に戻ってしまうのではないかと恐れていた。
来栖季雄は、一度口を開けば鈴木和香が報酬を求めてくるのではないかと恐れていた。
誰もが心の中にある美しさを留めておきたかった。それが自己欺瞞の幻想に過ぎないと知りながらも、三年もの間深く愛し合ってきた二人にとって、たとえ一時的な幻想であっても、できる限り長く維持したいと思っていた。
三日後、『傾城の恋』の撮影は通常通り続き、撮影現場に戻ると、桜花苑のように毎晩自由に一緒にいることはできなくなった。しかし、椎名佳樹の誕生日の三日前、撮影班は街中でのシーンを撮影する必要があり、その夜、鈴木和香と来栖季雄は暗黙の了解で、それぞれの仕事を終えた後、桜花苑に戻った。
夜には、当然ながら甘美な愛の営みがあった。
翌日、鈴木和香は撮影がなく、少し遅めに起きた。身支度を整えて階下に降りると、千代田おばさんは既に昼食を作っていた。来栖季雄の姿が見えなかったので外出したのかと思い、手を洗って食事をしようとした時、千代田おばさんが言った:「来栖社長を呼びに上がります。」
「社長は出かけていないんですか?」鈴木和香は不思議そうに顔を上げた。
「先ほど来栖社長の秘書が来て、お二人で書斎にいらっしゃいます。」