第356章 2つの「愛してる」(12)

鈴木和香は一節を歌い始めたばかりで、脳裏に若かりし頃の自分が浮かんできた。来栖季雄を遠くから一目見ようと、わざと彼のクラスの前を通って手洗いに行った時のこと。あの頃の彼女は、彼への愛を心の奥深くに秘めていた。そしてその想いは、今でも色褪せることなく続いていた。

鈴木和香の声は柔らかく、心地よい。この曲は元々男性が歌うものだったが、彼女が歌うと不思議な魅力が加わった。来栖季雄の目は一瞬遠くを見つめ、若かりし頃の自分を思い出していた。放課後になると、いつも彼女の後ろをこっそりと付いて行き、鈴木夏美や椎名佳樹と帰る彼女の姿を見守っていた。時には彼女が一人で帰ることもあった。真っ赤な夕陽に照らされた長い通りで、彼女が前を、彼が後ろを歩く。今思えば、あの片思いは、こんなにも純粋で美しいものだった。

来栖季雄はマイクを持ち上げ、続く歌詞を歌った。「交差点で君を待っている、僕と僕の自転車と。涼しい夕暮れに、君が僕と一緒にいる。夕焼けも君の瞳の色には及ばない。さよならも言わずに、別れは静かに訪れた。」

鈴木和香:「時々私のことを思い出すの?私みたいに、過去を静かに語ることがあるの?」

来栖季雄:「春風秋雨の中で、何でも話し合った僕たち。でも春が去り秋が来る間に、連絡が途絶えてしまった。」

来栖季雄:「時々私のことを思い出すの?それとも私とは関係のない人生を送っているの?」

二人は見つめ合いながら、すべての想いを込めてこの歌を歌った。

しかし誰も知らなかった。二人の心の中で、同じ過去を思い出していたことを。

彼と彼女は互いに密かな想いを抱きながらも、誰も口にすることはなかった。しかし学校で偶然出会うことは多く、他人から見ればそれは単なる縁のように見えた。でも彼らだけが知っていた。その「偶然の出会い」を作り出すために、どれほどの心配りをしていたかを。

彼らは青春の戸惑いを抱えながら、徐々に近づき、親友となった。しかし最後には、その親友関係も五年もの間途切れてしまった。

その五年間、彼女は常に彼のことを考えていた。でも芸能界での彼の情報だけが、心の中の想いを慰める手段だった。

その五年間、彼は一度も彼女のことを忘れなかった。彼女の情報を得るために、鈴木夏美の自分への好意を卑劣にも利用して、彼女の一挙一動を探っていた。

鈴木和香:「若い頃から君と付き合ってた。」