第356章 2つの「愛してる」(12)

鈴木和香は一節を歌い始めたばかりで、脳裏に若かりし頃の自分が浮かんできた。来栖季雄を遠くから一目見ようと、わざと彼のクラスの前を通って手洗いに行った時のこと。あの頃の彼女は、彼への愛を心の奥深くに秘めていた。そしてその想いは、今でも色褪せることなく続いていた。

鈴木和香の声は柔らかく、心地よい。この曲は元々男性が歌うものだったが、彼女が歌うと不思議な魅力が加わった。来栖季雄の目は一瞬遠くを見つめ、若かりし頃の自分を思い出していた。放課後になると、いつも彼女の後ろをこっそりと付いて行き、鈴木夏美や椎名佳樹と帰る彼女の姿を見守っていた。時には彼女が一人で帰ることもあった。真っ赤な夕陽に照らされた長い通りで、彼女が前を、彼が後ろを歩く。今思えば、あの片思いは、こんなにも純粋で美しいものだった。