第370章 椎名佳樹が目覚めた(10)

目の奥の潤みが濃くなっていき、やがて霞となって、今にも零れ落ちそうに目尻に掛かり、鈴木和香は目の前の光景がよく見えなくなっていた。ただぼんやりとたくさんのろうそくの光が見えるだけで、彼女は必死に唇の端を上げて「ありがとう」と言おうとしたが、唇が少し動いただけで、涙が抑えきれずに頬を伝って落ちてしまった。

来栖季雄は片手でケーキを持ち、空いた手を伸ばして彼女の頬の涙を拭い、そして穏やかな声で促した。「願い事をする時間だよ」

鈴木和香は慌てて頷いたが、また数滴の涙が落ちた。彼女は更に大きく笑顔を作り、目を閉じて心の中で願い事をした。願い事が終わって目を開けると、また一筋の涙が静かに流れ落ちた。深く息を吸い込んで、ろうそくを吹き消した。そして涙を浮かべながら来栖季雄に向かって明るく微笑み、少し詰まった声で言った。「ありがとう...」

もっと何か言いたかったが、どうしても言葉が出てこず、ただ涙が更に激しく流れ落ちた。

彼女は何年もの間、彼のことを好きだった。彼の前で涙を見せたのはたった一度だけで、それもたった一滴だけだった。その時、彼は彼女を一目見ただけで背を向けて去ってしまった。それ以来、彼が彼女にどんなことをしても、泣くときは一人で隠れて密かに泣いていた。

彼の誕生日の夜からずいぶん時が経っているのに、あの夜感じた辛さでさえ、こんなに泣くことはなかった。でも今は、自分でも何がどうなっているのか分からないまま、涙が止まらなかった。

来栖季雄は子供のように泣く鈴木和香を見つめながら、心の中で少し慌てていた。ケーキをサイドテーブルに置き、彼女の涙を拭う仕草は落ち着いて見えたが、指先の微かな震えが彼の動揺を露呈していた。最後には少し緊張した声で言った。「もう泣かないで...」

鈴木和香も心の中では、今の自分の泣き方が少し大げさだと感じていた。でも女性というのは、多くの場合そういう不思議な生き物で、とても悲しいことがあった時に、本当は泣くべき時なのに強がって一滴も涙を見せず、逆に笑顔でいるべき時に、めちゃくちゃに泣いてしまう。彼女は必死に涙を止めようとしたが、最後には笑い出してしまい、そしてついには思い切って手を伸ばして彼の腰に腕を回し、頭を彼の胸に埋めた。