秘書は来栖季雄の心の内を知っていたので、彼が選択を口にするのを待たずに、少し間を置いて続けた。「社長、今夜お食事をする林社長は、以前帝国クラブでちょっとしたトラブルがありましたので、やはり金色宮がよろしいでしょうか?」
秘書の言葉は来栖季雄の心中を察したものだったが、男の顔には喜びの色は一切なく、むしろ秘書の言葉を聞いた後、しばらく沈黙し、どうでもいいような様子で軽く頷いただけだった。
秘書は当然、来栖季雄の口先と本心の違いを指摘する勇気はなく、ただ事務的に携帯を取り出し、金色宮で個室を予約した。
車内は再び沈黙に包まれたが、雰囲気は先ほどほど重苦しくはなかった。
秘書がバックミラー越しに来栖季雄を見ると、男は依然として窓の外を見つめていたが、眉間に幾日も積もっていた暗い影が少し薄れているように見えた。
つい先ほどまで来栖季雄の完璧な演技に腹を立てていた秘書の心に、なぜか切なさが込み上げてきた。
金色宮のような場所も、カードゲームも好きではなく、見知らぬ女性が隣に座って色目を使うのも好まないのに、ただあの女性が今夜そこに行くと知っているから、彼も行くのだ。
同じ場所にいても二人が出会えるかどうかも分からないのに、ただ彼女の近くにいたいだけで、それだけで気持ちが少し晴れるのだ。
秘書は理系で、極端な偏差値で、国語は散々だったのに、この時、なぜか頭の中に津島佑子が書いた半ば憂いを帯びた、半ば明るい言葉が浮かんだ:人を愛するとは、塵のように卑しくなり、そこから一輪の花を咲かせることだ。
しかし来栖社長はこれほど長い間卑しくなっているのに、なぜまだ花が咲かないのだろう?
一体どれほどの執念があれば、これほど長い間、希望が見えないのに、こんなにも諦めずに続けられるのだろうか?
秘書は考えれば考えるほど気が滅入ってきて、心の中で呟いた。マジでクソだな。自分は立派な大人で、妻も子供もいて、給料も悪くないのに、順風満帆な生活を送っているのに、なんで暇を持て余して、一人の男のことでこんな感傷的になっているんだ。
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鈴木夏美が予約したのは総合的な個室で、麻雀室があり、小さなカラオケルームも併設されていた。
一行は興奮気味にマイクを持って数曲歌った後、麻雀を始め、和香は興味がなく、一人でテレビを見ていた。