折しもテレビから松本雫の冷静な声が聞こえてきた。「私たち、別れましょう……」
椎名佳樹は手に持っていたビール瓶を強く握りしめ、瓶が歪むほど力を入れた。ビールが飛び出して手に掛かったが、彼は大画面を見つめたまま気づかない様子だった。目の奥で感情が渦巻き、そしてビール瓶を持ち上げ、一気に飲み干すと、目の前のテーブルに無造作に投げ捨て、立ち上がってから個室を出た。
椎名佳樹がトイレから出てきた時、1005号室のドアが開き、ボディコンのミニスカートを着た松本雫が出てきた。二人の視線が一瞬だけ交差し、まるで暗黙の了解のように視線を逸らし、まるでお互いを見なかったかのように、二人とも前方を見つめたまま、高慢に、そして平然と擦れ違った。
椎名佳樹は自分の背後のハイヒールの「カツカツカツ」という音が消えるのを聞いていた。歩みを突然止め、その場に暫く立ち尽くした後、携帯を取り出して電話をかけた。しばらくすると、背後の1005号室のドアが開き、シルバーグレーのスーツを着た男が中から顔を出した。「椎名坊さん、こちらです。」