来栖季雄は翌日、いつもどおり早起きして会社へ向かった。椎名佳樹の別荘の前を通る時、わざと車のスピードを落とし、窓越しに金色の陽光が屋根一面に降り注ぐのを眺めた。
昨夜、鈴木和香と二言三言話せたせいか、来栖季雄の今日の気分は悪くなかった。仕事を片付けた後、コーヒーを手に取りオフィスの床から天井までの窓の前に立ち、昨夜の鈴木和香との会話を一言一句、何度も頭の中で反芻した。
実際、昨夜の会話には特別な意味など何もなかったのに、思い返すうちに、彼の唇の端がわずかに上がっていた。
別荘から桜花苑の入り口まで、何度も歩いたあの道さえも、なんだか愛おしく感じられた。
来栖季雄が長い間考え込んでいると、コーヒーを飲もうと頭を下げた時、オフィスのドアをノックする音が聞こえた。来栖季雄はコーヒーを飲み込み、静かな調子で「どうぞ」と言った。