鈴木和香と椎名佳樹は同時に足を止めた。
椎名佳樹は笑顔を浮かべながら尋ねた。「兄さん、どうしたの?」
来栖季雄は椎名佳樹が鈴木和香の肩に置いた両手をしばらく見つめた後、冷たい表情で視線を外し、手に持っていた固定電話を差し出した。声は冷たく淡々としていた。「電話だ」
椎名佳樹は鈴木和香の肩から手を離し、電話を受け取った。着信表示を確認し、鼻を擦りながら電話に出た。「母さん...大丈夫だよ...家にいて退屈なだけで、和香が側にいるから...」
椎名佳樹は携帯を鈴木和香の前に差し出し、肩をすくめて困ったような表情で言った。「赤嶺女史が電話に出てほしいって」
鈴木和香が電話を受け取る間、椎名佳樹はキッチンで煮込んでいるスープを指差し、中へ入っていった。
鈴木和香は電話を耳に当て、「椎名おばさん」と呼びかけた。
「和香、フランスから帰ってきたの?」
鈴木和香は軽く「うん」と返事をすると、赤嶺絹代の声が続いた。「佳樹の携帯が電源オフで、あなたにかけても出なかったのよ」
鈴木和香はそこで自分の携帯が二階にあることを思い出し、すぐに優しい声で答えた。「携帯を持っていなくて。何かご用でしょうか?」
「特に何もないの。ただ佳樹のことを見ていてほしくて。退院したばかりだから。体は良くなってきているけど、まだ完全じゃないし、お酒は飲ませないでね...」赤嶺絹代は電話で細々と注意事項を伝えた。
鈴木和香は辛抱強く一つ一つ返事をした。
来栖季雄は電話の向こうで赤嶺絹代が具体的に何を言っているのかは分からなかったが、おおよその内容は想像できた。彼の心は一瞬にして暗く沈んだ。
「ご安心ください。必ず佳樹兄のことをしっかり見守って、お世話させていただきます」鈴木和香は優しい口調でゆっくりとそう言い、電話を切った。電話を固定電話台に戻そうとした時、まだ側を離れていなかった来栖季雄が手を伸ばした。「私が」
鈴木和香は目を上げ、来栖季雄の波風の立たない瞳と目が合った。彼の美しい瞳は静かで冷淡で、何の感情も宿していなかった。彼女は少し躊躇った後、電話を来栖季雄に渡した。「お手数をおかけします」
来栖季雄は何も言わず、ただ平静な表情で電話を受け取り、冷静に優雅に身を翻してリビングへ戻っていった。彼の後ろ姿は孤高で冷たく見えたが、誰も知らなかった。彼の心が血を流していることを。