この光景を見た鈴木和香は呆然としばらく立ち尽くしていた。しばらくしてようやく我に返り、トイレに向かって走り出した。
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帝国グランドホテルは一度に一人しか入れない個室トイレだった。
来栖季雄は空いている個室を適当に見つけると、ドアを勢いよく開け、椎名佳樹を中に強く押し込んでから、自分も続いて入った。
「兄さん、僕が何か悪いことをしたの?何か腹が立つことがあるなら、家に帰ってから話せばいいじゃないですか。ここには大勢の人がいるのに...僕の面子が丸つぶれです!」椎名佳樹の声にも怒りの色が混じっていた。
「面子だと?」来栖季雄はその二文字を冷たく繰り返した。ホールで目にした光景を思い出し、そして椎名佳樹を何年も愛してきた鈴木和香のことを考えると、いつも冷静沈着な来栖季雄は突然怒りが爆発し、腕を上げて椎名佳樹の整った顔面に向かって激しく振り下ろした。