長い時間が経って、鈴木和香は瞬きをして、口を開いた。「明日退院できるの」
「うん」
「それで、東京に戻って体を休ませてから、数日後に撮影現場に戻るように言われたの」
「そう」
「私、明日の午前十時の便なの」
「うん」
「あなたは?東京に戻るの?」鈴木和香は来栖季雄の返事を待たずに、電話口で小声で急いで言った。「お姉ちゃんが戻ってきたから、切るね」
来栖季雄は電話のツーツーという音を長く聞いてから、携帯を収めてポケットに入れた。その場に立ったまま動かず、鈴木和香の病室を長い間見つめていた後、優しい表情で頭を下げ、軽く笑った。
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翌日、一行は空港に到着した。椎名佳樹は東京から車で来ていたため、帰りは飛行機に乗ることになり、空港に着くと直接車両預かり手続きに向かった。鈴木和香、鈴木夏美、赤嶺絹代、おばさんの四人は自動チェックインで搭乗手続きを済ませ、カフェで椎名佳樹を待つことにした。
車両預かりの手続きが面倒だったのか、四人は椎名佳樹を三十分ほど待っても戻ってこず、電話も繋がらなかった。搭乗まで残り一時間となり、鈴木和香は椎名佳樹を急かしに行くことを提案した。
しかし鈴木和香が車両預かり手続きカウンターまで行く前に、椎名佳樹と出くわした。
空港のカフェは常に混雑しており、椅子と椅子の間には荷物やカートが置かれ、通路は狭かった。鈴木和香は椎名佳樹の後ろについて歩き、カフェの隅にある小さな丸テーブルを通り過ぎる際、そこに座っている人の足に不意にぶつかってしまった。前に進みながら、丁寧に頭を下げて「すみません」と言った途端、表情が凍りついた。
来栖季雄は優雅な姿勢で椅子に座り、コーヒーを手に持ってゆっくりと一口飲んでいた。
鈴木和香は思わず彼の名前を呼びそうになったが、近くに座っている赤嶺絹代のことを思い出し、言葉を飲み込んで、来栖季雄に疑問の眼差しを向けた。
来栖季雄も何も言わず、彼女の目の中の疑問を理解したかのように、ゆっくりとコーヒーカップを置き、テーブルの上に置いてある搭乗券を指でトントンと叩いた。
鈴木和香はそれを見て、自分の便と全く同じだということに気付いた。
「和香?」赤嶺絹代と鈴木夏美母娘の座るテーブルまで来た椎名佳樹は、鈴木和香がついてきていないことに気付き、振り返って彼女の名前を呼んで急かした。