第571章 知られざる事(1)

夜明け前の東京都は湿度が高く、少し肌寒かった。通りはがらんとしていて、車が通り過ぎるのもめったにない。鈴木和香は道端に立ち、長い間待って、ようやく一台のタクシーを拾い、桜花苑まで行くように告げた。

タクシーが桜花苑に到着すると、和香はお金を払い、おつりも待たずに中へ駆け込んだ。

桜花苑の暗証番号は変わっておらず、長い間誰も来ていないようだった。中庭には花びらや落ち葉が泥のように積もり、その上を歩くとぎしぎしと音を立てた。

和香が玄関のドアを開けると、靴箱の横に二足のスリッパが静かに置かれているのが目に入った。一足は男性用で、もう一足は女性用。その女性用のスリッパは、彼女が彼と夫婦を演じていた時に使っていたものだった。ほら、出て行く時に袋に入れて捨てるように言ったはずなのに、今また元の場所に戻されていた。まるで二人がまだここに住んでいるかのように。