来栖季雄はほんの一瞬躊躇しただけで、「ごめん」と言おうとしたが、電話の受話器から鈴木和香の少し詰まった声が聞こえてきた。「来栖季雄、ありがとう」
たった六文字だったが、それだけで来栖季雄は彼女が何を泣いているのか一瞬で理解した。
心の中の焦りがようやく収まり、緊張していた体がリラックスした。来栖季雄は車の背もたれに寄りかかり、路肩に停車して既に車から降りていた助手に手を振って、車を続けて走らせるよう合図した。そして穏やかな口調で言った。「ライブ配信を見たの?」
「うん」鈴木和香はまだすすり泣いていたが、先ほどよりは感情が安定しているようだった。「今どこにいるの?」
「帰り道だよ」
「そう」鈴木和香は返事をして、無意識に口を開いた。「来栖季雄、私...」
彼女は「私、妊娠したの」と言いたかった。