第792章 あの年の恋文（2）

「うん、わかった」来栖季雄は、まるで秘書から業務報告を聞いているかのように、とても冷静に一度うなずいた。しかし、その動作はちょうど半分まで進んだところで、まるで静止画のように、ぴたりと動きを止めた。

言葉にできないような喜びが、彼の心の奥底から湧き上がってきた。最後には、来栖季雄は突然手を伸ばし、隣にいた秘書の腕をつかみ、あまりの興奮で少し震える声で言った。「和香が妊娠したの？」

痛みを感じた秘書は激しくうなずいた。「来栖社長、おめでとうございます。これからは私と同じく、お父さんになりますね！」

その時、舞台上では契約の調印式が終わり、司会者が閉会の言葉を読み上げていた。

来栖季雄は突然席から立ち上がった。秘書は驚き、周りに来栖季雄を見ている人がたくさんいることに気づき、急いで手を伸ばして来栖季雄の袖を引っ張った。「来栖社長、まずはお座りください」

来栖季雄は秘書のことなど全く気にせず、彼の手を振り払うと、VIP席を降り、大股で脇の階段まで回り込んだ。スタッフの制止も無視して、そのまま足を踏み出し、舞台に上がった。

この時、司会者はすでに閉会の言葉を言い終え、全員が退場しようとしていた。撮影スタッフもカメラを閉じる準備をし、客席の観客の中にはすでに立ち上がって席を離れ始めた人もいた。しかし突然、誰かが舞台に駆け上がるのを見て、皆は思わず舞台の方を見た。すでに楽屋への扉まで歩いていた数人の参加者たちも足を止め、振り返って舞台に上がってきた人物を見た。鈴木和香さえも、皆の視線に従って好奇心を持って見ていた。

その人物はキャップを被っており、顔の大部分が隠れていた。歩く足取りは速く、鈴木和香に向かって一直線に進んできた。

来栖季雄は逆光に立っていたため、顔がはっきりと見えなかった。鈴木和香は強い気配が正面から迫ってくるのを感じただけで、反応する間もなく、その人物に腕をつかまれた。彼女が振りほどこうとした瞬間、耳に馴染みのある声が入ってきた。「妊娠したの？」

来栖季雄だったのか。でも今、彼は車の中で彼女を待っているはずではなかったのか？なぜここにいるのだろう？

鈴木和香は疑問でいっぱいだったが、それでも来栖季雄に向かってうなずき、穏やかな口調で言った。「うん、昨日検査で分かったばかり。一ヶ月よ」