椎名佳樹は足を止め、携帯を取り出して着信表示を確認した。固定電話からの番号だった。彼は一瞬躊躇してから、電話に出た。
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松本雫が立っていた場所は、椎名佳樹からそう遠くなかった。彼の携帯が鳴った時、彼女は無意識に振り向いて彼を見た。すると電話に出た彼の表情が一瞬で曇り、そのまま何も言わずにホテルの外へ向かって走り出すのが見えた。
佳樹のその反応は、明らかに何か大変なことが起きたことを示していた。雫は少し迷った後、彼を追いかけて外へ出た。
佳樹が車のエンジンをかけた時、雫はドアを開けて乗り込んだ。彼は彼女を見たが、降りるよう促すことはせず、そのままアクセルを踏み、ハンドルを回した。
道中、佳樹と雫の間に会話はなかった。佳樹の運転するスピードはかなり速く、雫は彼がハンドルを握る手が絶えず震えているのをはっきりと感じ取ることができた。
車は最終的に市立総合病院の入り口で止まった。佳樹は車を降り、救急棟ではなく、奥にある比較的人気のない霊安室へと直接向かった。
霊安室の入り口には警察の制服を着た人が立っていた。その人は佳樹を知っているようで、彼が近づくと、すぐに彼を中へ案内した。
雫は霊安室の入り口に立ち、中から迫ってくる陰気を明らかに感じた。彼女は一瞬足を止めたが、最終的には歩みを進めて中へ入った。
警察官は佳樹をある窓の前まで案内し、そこで立ち止まった。
ベッドの上には一体の遺体が置かれ、白い布で覆われていた。
佳樹はその白い布をしばらく見つめた後、ようやく震える指で布をめくり、赤嶺絹代の蒼白く穏やかな顔を露わにした。
傍らに立っていた警察官が声を出した。「彼女は舌を噛んで自殺したんです。舌は噛み切れなかったけど、本当に生きたくなかったんでしょう。自分の血で窒息死したようです。」
雫は思わず振り向いて、佳樹を見た。
男の表情は非常に静かで、絹代から目を離さず、終始一言も発しなかった。
霊安室の中は静かだった。約5分が経過した後、佳樹はようやく手から白い布を離し、一歩後ろに下がって言った。「火葬場に連絡してください。」
彼の声は平静だったが、彼の隣に立っていた雫は、彼が瞼を下ろした時、彼の目の奥に一筋の涙が光るのを見た。
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赤嶺絹代は一人っ子で、椎名一聡と結婚した後、赤嶺家の事業もすべて椎名家に統合された。