斎藤咲子は道明寺華を連れて別荘に戻った。
ホールに入ったばかりのとき。
渡辺菖蒲がソファーから立ち上がり、何も言わずに手を上げて斎藤咲子の顔を平手打ちしようとした。
その瞬間、咲子はいつものように耐えようと思った。
同時に、一本の手が彼女の前に現れ、素早く渡辺菖蒲の手首を掴み、強く押し返した。
渡辺菖蒲は不意を突かれ、数歩後ろに下がった。
村上紀文が後ろから支えなければ、今頃は仰向けに倒れていただろう。
渡辺菖蒲は斎藤咲子と、その傍らの道明寺華を睨みつけた。
斎藤咲子は何も言わず、道明寺華を連れて2階へ向かった。
「斎藤咲子」渡辺菖蒲が呼び止めた。「私を警察に通報したのね?!」
斎藤咲子は無視した。
具体的な事情は、彼らにはよく分かっているはずだと思った。
説明する必要はない。
「私を告発できると思ってるの!」渡辺菖蒲が後ろから怒鳴った。
できるかどうかは、法律が決めることだ。
彼女は道明寺華を連れて部屋に戻った。
「今夜は私と一緒に寝るけど、慣れない?」斎藤咲子は道明寺華に尋ねた。
「大丈夫です」彼女はどこでも眠れる。
武道館でも個室はなく、よく師兄弟と一緒に寝ていた。
「パジャマを用意するわ」斎藤咲子が言った。
道明寺華に対しては、やはり丁寧に接した。
「はい」
斎藤咲子は道明寺華にパジャマを渡し、お風呂に行かせた。
道明寺華は素直にバスルームへ向かった。
斎藤咲子は部屋で、道明寺華が出てくるのを待っていた。
突然ドアが開いた。
今日の午後に村上紀文に蹴られて壊れたため、鍵はまだ取り替えていなかった。
考えてみれば、取り替えても意味がないのかもしれない。
彼女は村上紀文を見た。
「話をしよう」村上紀文が言った。
「何を?」斎藤咲子は冷笑した。
かつて村上紀文が「話をする」という言葉を使うとは。
「母を告発することについてだ」
「話すことはない」斎藤咲子は拒否した。
「何が欲しいのか言ってくれ」村上紀文の口調は良くなかった。
「渡辺菖蒲に刑務所に入ってもらいたいわ」
「斎藤咲子!」村上紀文は歯ぎしりした。
「出て行って、休みたいの」
村上紀文は去らず、大股で入ってきて、威圧的な態度で斎藤咲子を睨みつけた。
斎藤咲子は彼を見ようとしなかった。