北村系ビル。
エレベーターの中で、木村文俊と冬木心が上階から降りてくるところだった。
北村忠は道明寺華の手を引いていたが、エレベーターに入ろうとした足が一瞬止まった。
そのまま、数秒間の沈黙が流れた。
エレベーター内には冬木心と木村文俊の他に、井上明もいた。
井上明が口を開いた。「北村さん、こんな遅くまで会社にいるんですか?この方は?」
北村忠は井上明を横目で見たが、返事はしなかった。
彼は道明寺華の手を引いたまま、そのまま中に入った。
エレベーター内は、何とも言えない気まずい空気が漂っていた。
井上明は北村忠が応答しないのを見て、それ以上何も言わなかった。
彼にとって、この遊び人の坊ちゃんなど、好きにさせておけばいい、眼中にもないのだ。
それに対して木村文俊は、相変わらず良い人を演じていた。
彼から声をかけた。「会社でインタビューがあって、一部再撮影があったんです。心が付き添ってくれたんです。」
「ああ。」北村忠は適当に返事をした。
「華ちゃんですよね?」木村文俊が尋ねた。
道明寺華は彼の方を向いた。
木村文俊は優しく微笑んで、「よく見なかったから気づかなかったけど、スーツ姿がとてもかっこいいですね!」
道明寺華は何も言わなかった。
彼女は木村文俊も冬木心も好きではなかったので、好きではない人とは関わりたくなかった。
「こんな遅くまで北村さんが会社にいるなんて意外ですね。人から聞いた話では、仕事があまり好きではないと聞いていましたが、噂というのは信じられないものですね。」木村文俊は一人で話し続け、気まずそうな様子も見せなかった。
北村忠は率直に言った。「いや、世間の噂は正しいですよ。私は本当に仕事が嫌いで、遊ぶのが大好きです。ここに来たのも外で遊び飽きたから、華を連れて気分転換に来ただけです。新鮮さを求めてね。」
「そうですか?」木村文俊は軽く笑った。
「そうも何も、私のことをあなたに説明する必要はないでしょう。」北村忠は冷たく言い放った。
木村文俊は頷いた。「それはそうですね。」
その時。
エレベーターが到着した。
木村文俊は冬木心の手を引いてエレベーターを出た。
始めから終わりまで、冬木心は北村忠を一度も見なかった。始めから終わりまで、冬木心の目には北村忠の存在がなかった。