北村邸。
深夜を過ぎていた。
広橋香織は寝室の廊下に立ち、冬木心は北村忠と道明寺華の部屋のドアの前に立っていた。
夜の灯りは薄暗かった。
逆光の中、広橋香織の姿ははっきりと見えなかった。
冬木心は口角に笑みを浮かべ、「おばさま」と声をかけた。
「こんな遅くに、どうしてここにいるの?」広橋香織は率直に尋ねた。
「さっき忠さんを送ってきたんです。今日、プロジェクトチームの同僚と飲み会があって、酔っ払ってしまって」と冬木心は説明した。
「なぜあなたが送ってきたの?」広橋香織は更に問いかけた。薄暗い灯りの中、広橋香織の表情ははっきりとは見えなかった。
しかしその瞬間、冬木心は広橋香織の不快な感情を漠然と感じ取ることができた。
彼女は笑いながら言った。「みんな酔っ払っていたので、私が送ることにしたんです」
「みんなが酔っ払っていたのなら、なぜあなただけが彼を送るの?」広橋香織は眉を上げた。
口調は穏やかだったが、どこか詰問するような感じがあった。
「私が一番親しいからです」と冬木心は答えた。
「そう?」広橋香織は少し笑ったような表情を見せ、「冬木お嬢様が突然うちの忠に気持ちが戻ったのかと思って、びっくりしたわ。まだ忠のことが好きじゃないと分かって安心したわ」
冬木心は広橋香織を見つめた。
広橋香織は大きく安堵したような様子で、「もう遅いわ、冬木お嬢様はお帰りになった方がいいわ。若い女性が夜中に男性の、それも既婚者の家にいるなんて、噂になったら良くないでしょう。私は息子の評判を心配しているわけじゃないの。主に冬木お嬢様という若い女性が、人妻の夫に執着しているという噂が立つのは、本当に気の毒だわ」
冬木心の表情が少し変化した。
彼女は広橋香織の言葉の裏にある皮肉を明確に感じ取った。
彼女は直接的に言った。「おばさま、余計な心配です。私、冬木心はそんな人間ではありません!」