道明寺華は北村邸を去った。
北村忠は虎を抱きながら、相変わらずとても落ち着いた様子を見せていた。
広橋香織は近寄り、北村忠の前に座った。
北村忠は広橋香織の視線に少し居心地が悪くなった。
彼は顔を上げて、「母さん、話があるなら言ってよ。そんな不気味な目で見られると緊張するよ」と言った。
「何を緊張することがあるの?後ろめたいことでもあるの?」
「何が後ろめたいっていうんだ!」北村忠は平然とした顔をした。
「道明寺華のことを好きなくせに、無関心なふりをしているのが後ろめたいんでしょ?!」広橋香織は意図的に彼を刺激した。
北村忠は黙り込んだ。
どうせ母親には隠しきれないのだから。
「急に悟ったようになったのが不思議でならないわ」
「彼女は幸せそうじゃないか」北村忠は呟いた。「人は察する心を持たないとね」
「この前ニュースを見たわ」広橋香織は突然話題を変えた。
北村忠は母親が何を言い出すのか分からなかった。
でも、どんな話も聞きたくないような気がした。
「Joeが道明寺華にプロポーズしたそうよ」
やっぱり聞きたくない話だった。
でも、その瞬間も特に反応は示さなかった。
「Joeのチームメイトがツイートして、それがメディアに広まったの。見なかった?」広橋香織は尋ねた。
見ていない。
でもニュースの速報は見た。
見出しは「Joe神、ついに道明寺華にプロポーズ!」だった。
それ以上は見る気にならなかった。
広橋香織は一目で、この男が見る勇気がなかったことを見抜いた。
彼女は言った。「華は承諾したと思う?」
「もう僕には関係のないことだと思います」北村忠は断固として言った。
華との関係が終わった以上、彼女の恋愛に関心を持つ必要はない。
「華は断ったわよ」広橋香織は一字一句はっきりと言った。
北村忠の体が強張った。
そんな可能性は考えもしなかった。
道明寺華の性格からして、誰かを傷つけることは選ばないと思っていた。
特にJoeが彼女にあれほど尽くしているのだから、感動だけでも一生を共にするはずだと。
彼は信じられない様子で母親を見つめた。
「どう?心が揺らいだ?」広橋香織は眉を上げた。
北村忠は目を伏せた。
違う。
たった一瞬アドレナリンが分泌されただけで、今はもう何もない。
彼は冷静を装った。