斎藤咲子は分娩室に運ばれた。
分娩室に入れられたその瞬間、彼女はふと振り返った。
振り返ったその瞬間、村上紀文の視線が彼女を見つめ続け、涙で目が潤んでいるのが見えた。
斎藤咲子は振り返った。
振り返ったその瞬間。
思わず涙がこぼれ落ちた。
彼女は本当に分からなかった、この子の誕生が本当に救えるのかどうか、彼女のかつての...孤独だった前半生を。
救えるのかどうか...彼女の粉々になった恋を。
村上紀文は外で待っていた。
分娩室の中がどうなっているのか分からなかった。
彼は何の音も聞こえなかった。
ただ廊下に座り、体を硬直させたまま座り続けていた。
その時、電話が突然鳴った。
村上紀文は着信を見て、電話に出た。「鈴木隼人だ。」
「斎藤咲子は君と一緒にいるのか?」
「彼女は出産中だ。」
「こんなに早く?」鈴木隼人はその瞬間、突然緊張した。
「今入ったところだ。」
「すぐに行く。」
「うん。」
村上紀文は電話を切り、また不安そうに待ち続けた。
どれくらい待ったか分からない。
鈴木隼人が急いでやって来た。
彼は尋ねた、「どうだ?」
「分からない、まだ中にいる。」
「どうして突然始まったんだ。」
「昨日から出血があった。今日から腹痛が始まった。」
「大丈夫だよね?」鈴木隼人は尋ねた。
村上紀文は鈴木隼人を見つめた。
「いや、絶対に大丈夫だ。」鈴木隼人は急いで言い直した。
彼は村上紀文が今、爆発しそうなほど緊張しているように感じた。
二人の男性は分娩室の前で待っていた。
3時間が経過。
中からは何の反応もなかった。
6時間が経過。
中から微かな音、斎藤咲子の叫び声が聞こえた。
村上紀文は落ち着かなくなった。
彼は立ち上がり、廊下を行ったり来たりし始めた。
鈴木隼人も落ち着かなくなった。
彼は喫煙所に行って数本タバコを吸った。
8時間が経過。
斎藤咲子の叫び声はますます明らかになった。
村上紀文は分娩室のドアの前に立ち、動かなかった。
10時間が経過。
斎藤咲子の声が逆に聞こえなくなった。
村上紀文はドアをじっと見つめていた。
突然声が聞こえなくなったことに明らかに驚いていた。