「江川さん、園田さんを妻として迎え入れ、これからずっと寄り添い、苦楽を共にし、決して離れることなく共に歩んでいくことを誓いますか?」
園田円香(そのたまどか)は興奮を宿る黒い瞳を輝かせ、胸が高鳴った。彼女はついに彼の花嫁になれるのだ。
しかし、しばらく経っても侑樹(えぐちゆうき)からの返事はなく、円香は少し困惑ながら彼の方を見ると、男の黒い瞳と目が合った。
冷たく冴えわたった瞳には、いつもの優しさや愛情は消え、代わりに理解しがたい冷淡さが宿っていた。
侑樹は冷ややかに彼女と数秒間見つめ合い、薄い唇を開いて、はっきりと冷酷に三文字を吐き出した。「いいえ」
会場は騒然となった——
円香は呆然と立ち尽くし、美しい瞳を大きく見開いて、茫然と侑樹を見つめた。
どうして……
彼女と侑樹は長年交際を続けてきた。それに、結婚適齢期になってすぐ、彼にプロポーズされたのに。
侑樹はずっと彼女を大切にしてきたはずなのに!
無意識に侑樹の腕を掴んだ円香の手は、まるで汚いものを振り落とすかのように容赦なく払われた。その衝撃で彼女は二歩よろめき、やっと体勢を立て直した。
侑樹はこう言い放った。「結婚式は中止だ。そして、今日から江川家と園田家のすべての取引を停止する。」
言葉を切り終えると、彼は円香に冷たい視線を投げつけ、彼女を嘲笑う、または自嘲するような表情を浮かべたが、それ以上何も言わずに大股に歩き去って行った。
円香はその場に呆然と立ち尽くした。四方八方から聞こえてくる嘲笑う声に飲み込まれ、まるで氷の穴に落ちたかのようで、心臓が無数の剣に剣に刺し貫かれたような痛みを感じた。
…
園田家の令嬢は結婚式で婚約者に裏切られ、江川氏との取引もすべて中止となった。悪事が重なり、株価が大暴落した園田グループはプロジェクト中止を余儀なくされ、資金繰りに行き詰まった。
家で頭を抱える母は彼女に怒鳴った。「今まで園田家に教育されてきたのに、何の役にも立たないじゃない!侑樹の心でさえ掴めなかったなんて、もう彼と寝たんじゃないの?どうして彼は人前で婚約を破棄して、私たちの顔を潰すようなことをしたの?」
こんな容赦ない非難に、円香は顔を青ざめ、無意識に拳を握りしめた。
そうだ、この数年間、彼らはずっと仲が良く、結婚式の前夜も情熱的にベッドで愛し合ったのに。すべてが順調だったはずなのに、一体何の手違いで、江川侑樹は突然こんなに冷たくなってしまったのか、円香はどうしても理解できなかった!
…
江川グループ。
円香はいつも自由でこのビルに出入りしたのに、今日は会社前で警備員に止められ、四時間も待たされた。
今日は特に日差しが強く、円香は頬が真っ赤になり、全身汗だくになるまで待たされて、やっと中から誰かが出てきた。
それは侑樹の秘書だった。
彼は彼女の前に立ち止まり、丁寧だが直接的な口調で言った。「園田さん、江川社長の言葉をお伝えさせていただきます。」
「もう飽きたから」
「今後は、彼の前に姿を現さないでください」
その瞬間、円香の顔から血の気が引き、言葉に詰まった。
長年優しく接してくれて、甘やかしてくれた男が、一転してこれほど胸を刺すようなことを言ってくるなんて、彼女には想像もつかなかった。
円香は血が出るほど下唇を強く噛み締め、やっと自分の声を取り戻した。「……彼にこう伝えてください」
「長年好きだったことに免じて……」
彼女は言葉に詰まった。好きなんて…今彼はもう、自分のことが好きじゃなくなっただろう。
だから彼女はこう言い直した。「かつて私が彼の命を救ったことに免じて、どうか園田家に手を貸してください」
「彼の望み通りに、もう二度と彼の前に現れません」
侑樹は彼女との関係を完全に断ち切りたかったのだろう。その後、江川グループは投資という名目で園田家に資金を提供した。円香も約束通り海外に行った。
何年間も愛し合った思い出は、まるで夢のようで、風に吹かれて、儚く散ってしまった。
…
二年後。
円香はスーツケースを引いて空港を出た。昔とは変わったけど少し見覚えのある街を見つめると、言い表せない感情が込み上げてきた。
弟の体調が急変していなければ、おそらく彼女は一生帰国しなかっただろう。
帰国したのは、彼女が認めたくないもう一つの理由がある。それは先日受けた匿名のメールだった。そのメールにはこのような内容が書かれていた。二年前に侑樹が婚約を破棄したのは、「飽きたから」ではなく、別の事情がある。興味があれば自分で調べてみてください。そうすればきっと驚くだろうと。
運転手の田中は既に入り口で待っていた。円香が車に乗り込むと、車は道路を走り出した。
車が向かう先は、園田家でも病院でもなかった。約一時間後、あるクラブの前で止まった。
田中は機械仕掛けの人形のように告げた。「お嬢様、旦那様は中で待っています」
円香は眉をひそめたが、何も言わずに、無表情のまま車のドアを開けて降りた。
プライベートなパーティーだから、来場者は多くなかったが、今夜ここに集まった人々は皆、お金持ちや権力者ばかりだった。
園田父は娘の姿を見るなり、二三歩前に出て、挨拶もそこそこに四角いルームキーを彼女の手に押し付けて命じた。「中村社長をしっかりもてなすように。会社が復活できるかどうかは、君次第だ」
円香の長くカールしたまつげが微かに震えた。父親の意図は予想していたものの、実際にそのような言葉を聞くと、やはり心が凍るような思いがした。
自嘲的な眼差しを隠し、彼女は顔を上げ、従順に「はい、お父様」と答えて、
背を向けて去っていった。
彼女の美しい後ろ姿を眺めながら、園田父は満足げに笑った。
隣のソファに座っていた高級服を身にまどった男たちは、この一部始終を目にしていた。全員が一斉に、暗がりに佇む長身の影へ視線を向けた。
江川侑樹の端正な顔には相変わらず表情がなく、瞳にも一片の動揺も見られなかった。まるで、彼にとって円香は赤の他人でしかないようだった。
しかし、なぜか全員の背筋に寒気が走った。
…
園田円香はルームキーでドアを開けた。
バスローブだけを身に着けた中村社長は彼女を見るなり、欲情を露わにし、肥えた体を震わせて彼女に向かって走ってきた。「美人さん、やっと来てくれたね!」
中村社長はもう待ちきれないと言わんばかりに手を伸ばし、太い指で円香の手首を掴み、そのまま彼女を大きなベッドへと引っ張っていった。
円香は彼に引かれるままに、ベッドに押し倒された。彼女は唇の端を吊り上げ、中村社長に艶やかなに微笑んだ。
その笑顔に中村社長は興奮のあまり体を硬直させ、急いで彼女に覆いかぶさった。
しかし次の瞬間、円香が手を上げた。中村社長は首筋に何かに刺されたような感覚がして、突然目の前が真っ暗になり、体の力が抜けて崩れ落ちた。
園田円香は立ち上がり、既に気を失った中村社長をベッドから蹴り落とした。彼女の瞳には冷たい光が宿っていた。
帰国するまではまだ父親に抱いていたわずかな期待は、今や完全に砕け散った。父親にとって、最初から彼女はただの商品でしかなかったのだ。
しかし、彼女はもう昔の園田円香ではないんだ。もう二度と、従順で好き勝手に扱われる商品にはならない!
円香は冷たくルームキーを中村社長の方に投げ捨て、服を整え、ハイヒールを鳴らして去っていった。
クラブのエントランスを出た瞬間、前の方に車に寄り掛かった長身の男性が視界に入った。彼は長い指でタバコを挟み、薄い煙を漂わせた。
彼女を見つめるその黒い瞳には、馴染み深い優しい光が揺らめいていた。