分かったわ、彼と結婚する!

園田家。

円香はバックパックをベランダから投げ落とし、腰にクライミング用の安全装置を装着し、すでに固定されていた手すりに沿って一階まで滑り降りた。

着地すると、円香はバックパックを背負い、振り返ることなく去っていった。

彼女の心の中に残った最後の家族愛は、彼らとの生活の中で完全に消耗し尽くした。もう二度と彼らのために何かをするわけがない!

円香は空港へと直行した。

道中、園田父と園田母からの電話が鳴り続けた。うんざりして、電源を切ろうとした時、新たな着信が入った。

着信画面を見て、指が一瞬止まったが、電話に出た。「もしもし——」

相手からの言葉に、彼女の顔色が一気に青ざめた。

円香が病院に駆けつけた時、山田真澄(やまだますみ)はすでに手術室に運ばれた。彼女は入口で立ち尽くし、天井に赤く灯ったランプを見つめながら、無意識に両手を握り締めた。

父親が弟の体調が悪化したと言ったのは、ただ彼女を帰国させるための口実に過ぎないと思っていたのに……

時間が無限に引き延ばされたかのようで、一分一秒が耐え難い苦痛となった。手術室のドアが開いた時には、まるで一世紀が過ぎたかのような感覚がした。

山田真澄が病室に移されてから、園田父と園田母がようやく姿を見せた。彼らはすぐにベッドに駆け寄り、我が子よ、と号泣した。

彼らに一瞥もせず、円香は低い声で医師に尋ねた。「先生、弟の状態はどうですか?」

医師はため息をつきながら言った。「園田さん、弟さんの心臓発作の頻度が増えており、体力も衰えています。しっかり養生しないと……18歳まで生きられないかもしれません。」

18歳まで生きられないなんて……

円香は胸が引き裂けそうな痛みを押し殺して、病床に横たわる真澄に視線を向けた。

長年の病気で極度に痩せ細った彼は静かに眠っていた。血の気が引いた頬は青白くて、胸が微かに動いていなければ、生きている気配ですら感じられないほどだった。

医師の言葉を聞いた園田母は即座に園田円香に向き直り、涙を流しながら懇願した。「円香、私たちを恨んでいるのは知っているよ。でも私たちにも選択の余地がなかったの。会社が倒産寸前で、お金がなくて、真澄の治療費、入院費と薬代も払えない。適合する心臓ドナーが見つかったとしても手術費用が出せない。円香、弟を見殺しにするの?」

「君と真澄は小さい頃から仲が良かった。君だって、彼が死んでほしくないでしょ?」園田母の泣き声がどんどん大きくなった。「円香、私たちのためじゃなくても、真澄のためだと思って、助けてあげてくれ。真澄はまだ若いよ、彼はまだ人生を楽しんだことがないんだ。」

円香は母親を見下ろして、笑顔を作ろうとしたけど、笑えなかった。

なんと彼女が海外に行ってから、両親はずっと弟を病院に放置していた。最近の半年間では、医療費の支払いでさえ先延ばしにし続けていた。

それは間違いなく、弟の病状が急速に悪化した原因の一つだった。

なのに、彼らは未だに彼女の前で子供を大切にしている偽善者を演じていた。その姿はあまりにも滑稽だった!

しかし今回、彼らは確かに彼女の弱みを突いた。

彼女は両親を無視することができるけど、弟を見捨てることはできない。弟はこの家で彼女に残された唯一の温もりだ。言ってみれば、彼らはこの家に居座る孤児同然で、頼れるのは互いだけだ。

円香は唇の端を引き攣らせ、感情のない声で聞いた。「私に何をしてほしいの。」

彼女の態度が軟化したを見て取った園田父は、すぐに涙を引っ込め、はっきりとした口調で言った。「円香、侑樹は君と結婚するつもりがないけど、他の選択肢もあるんだ。」

円香は彼を見つめ、瞳の奥の嘲りを隠しきれなかった。

他の選択肢なんて、彼が最初から企んでいたことだ。侑樹との縁談が上手くいかなければ、次善の策として、お金さえもらえれば誰に売り渡してもいいというわけだ!

園田父は軽く咳払いをして話を続けた。「ある富豪は妻が欲しんだ。結婚に合意してくれれば、彼はお金をくれる。そうすれば会社も立ち直れるし、真澄の治療も続けられる!」

富豪なら縁談に困ることはないはずなのに、なぜお金を払って妻を買うのか。その理由は……

円香は直接に尋ねた。「どんな人なの?」

園田父と園田母は顔を見合わせ、到底は隠しきれないことだと悟ったのか、園田母が事実を話し始めた。「私たちも会ったことがないの。ただ……ただ聞いた話によると、事故に遭って顔に怪我を負ってしまったそうで、気性が荒くて、それに……それに夜の営みができないかもしれないって!」

園田母は一旦言葉を切り、慌てて付け加えた。「でも心配することはないわ。彼はもういい年だけど、君はまだ若いんだ。数年間我慢すれば、彼が亡くなったら、彼の財産が全部手に入るんだ。悪くないでしょ。」

さすが彼女の素晴らしい両親だ。彼女の気持ちなんてそれぼっちも考えたことがない選択肢ばかりだった。

円香はベッドに歩み寄り、ゆっくりと真澄の冷たい手を握った。彼の手は骨と皮だけのように痩せていて、握っていると少し痛々しいくらいだ。

彼女は目を閉じた。再び目を開いた時、瞳の奥にはもう決意の色が宿っていた。「わかったわ、彼と結婚する!」

どうせ彼女にとって、侑樹以外の誰と結婚しても、全く一緒だ。

新居の中で、円香は大きなベッドに座り、もうすぐやって来る新婚の夫を待っていた。

結婚に合意した二日後、結婚契約書にサインするよう求められた。そしてサインした翌日には車が迎えに来て、この人里離れた豪華な別荘に連れて来られた。

夕陽が沈み、夜が深まるにつれ、別荘はますます静かになり、その静けさは少し不気味だった。

聞いた話によると、彼女の新婚の夫は他人に顔を見られたくないらしい。だから彼女を連れてきた人は帰る前に何度も念を押して、電気をつけないようにと言い聞かせた。

円香はただ辛抱強く暗闇の中で待ち続けた。

待ち時間が長くなるにつれて、円香は眠気を覚え始めた。瞼を閉じかけた時、足音が聞こえてきた。

次第に近づいてくる足音は、一歩一歩が円香の心臓を踏みつけているかのようだった。

彼女の新婚の夫が来た。

円香は思わず姿勢を正し、息を殺して、顔を上げて部屋の入口を見つめた。

銀色の月光が仄かに差し込み、男の長身で整った体のシルエットを浮かび上がらせた。しかし光が暗すぎたため、彼の表情ははっきりと見えなかった。

それでも、彼が生まれながらに持つ支配者としての威圧感と何とも言えない息苦しさを感じさせる圧迫感を感じ取れた。

そして何故か……どこか馴染み深い感じがした。

円香は自分頭の中に浮かんだ考えを嘲笑うかのような笑みを浮かべ、首を振って妄想を断ち切り、意識を現実に戻した。

円香は唾を飲み込み、まず挨拶をした方がいいかと考えた。

しかし新婚の夫の方が先に口を開いた。それは澄んでいて、微かにかすれた魅力的な声質だった。彼はまるで帝王のような口調で言った。「服を脱げ。」

「ベッドに横たわれ。」