彼女が不安な気持ちでいる時、ようやく向こうから返事があった。男の声は少し低くなり、色気を帯びていた。「うん、奥さん」と彼は呼びかけた。
江口侑樹の声は電話の向こう側にあるのに、園田円香の耳たぶは不思議と熱くなり、すぐに赤くなった。
この男が意図的に人を誘惑するとき、確かに抗いがたい魅力があった。
彼女は江口侑樹が自分の意図を理解して演技に付き合ってくれていることを知っていたが、それでも彼女の心は弦を弾かれたように震えた。
二人の呼び方を聞いて、江川おばあさんは萌え死にそうな表情で、園田円香に向かって意味ありげに眉を上げ、目が見えなくなるほど笑った。
園田円香はそんな風にからかわれて、顔を赤らめた。
彼女は軽く咳払いをして、続けて言った。「今夜忙しい?忙しくないなら...夕食に帰ってきて。おばあちゃんがあなたに会いたがってるの」
江川おばあさんの期待に満ちた眼差しを見て、彼女は下唇を噛みながら、一言一言小さな声で付け加えた。「私も...会いたかった」
案の定、江川おばあさんは非常に満足そうに頷いた。
江口侑樹は彼女の言葉に気持ち悪くなったのか、またしばらく沈黙が続いた。
園田円香はもはやそれほど心配していなかった。江口侑樹は江川おばあさんが側にいることを知っているのだから、きっと自分で帰れない言い訳を見つけるだろう。これで一件落着のはずだった。
おばあさんを騙したくはなかったが、彼女と江口侑樹はただの偽装結婚なのだから仕方がない。
しかし、彼女がほっとする間もなく、江口侑樹は突然「わかった、今夜帰って夕食を食べる」と答えた。
園田円香は驚いて目を見開き、急いでフォローした。「あなた...忙しいんじゃないの?」
電話の向こうで、江口侑樹は軽く笑ったようで、声はより優しくなった。「どんなに忙しくても...奥さんと過ごす時間はある」
「奥さん」という言葉を、彼は舌先で転がすように言い、極めて艶めかしかった。
園田円香は完全に固まってしまった。
江口侑樹の演技がこんなに上手いとは思わなかった。もう少しで...彼の甘い言葉に魅了されるところだった!
電話が切れた後も、園田円香はまだ少し我に返れないでいた。