第279章 子供を失った

江川グループの会議室。

安藤秘書は電話を受けると、顔色が急変した。彼は大股で会議室に向かい、勢いよくドアを開けた。

中にいた全員の視線が一斉に彼に向けられ、驚きと非難の色が浮かんでいた。

安藤秘書はそんなことは気にせず、真っ直ぐに江口侑樹の側へ行き、身を屈めて耳元で状況を手短に説明した。

江口侑樹の冷静で落ち着いていた表情が一瞬にして曇り、彼は突然立ち上がり、一言も発せずに大股で出て行った。

その様子を見て、皆はお互いを見合わせ、困惑の表情を浮かべた。

社長がこんな表情を見せるのは初めてだった。一体どんな大事が起きたのか、彼をここまで取り乱させるとは。

江川グループが倒産でもするのか?

しかし前回の危機の時でさえ、彼は少しも表情を変えなかったのに。

一体何が起きているんだ……

江口侑樹は猛スピードで車を走らせ、病院に着いた時には、園田円香はすでに手術室に運び込まれていた。

園田円香は妊娠中だったため、今回の救命は彼女の命だけでなく、お腹の子供のことも考慮しなければならず、難度は更に上がっていた。

状況は楽観視できなかった。

医師の分析を聞きながら、江口侑樹は両手を強く握りしめ、安藤秘書の方を向いて冷たい声で命じた。「ジェームズ博士に電話して、すぐに来てもらうように。」

安藤秘書は頷いた。「はい、社長。」

医師はジェームズ博士の名前を聞いて、目を輝かせた。「ジェームズ博士がいらっしゃれば、成功の可能性は高くなるかもしれません。」

江口侑樹は黒い瞳で医師を見つめ、一字一字はっきりと言った。「どうあっても、私の妻の命は助けてください。」

医師は何度も頷いた。「社長、全力を尽くします。」

十数分後、ジェームズ博士が到着した。

江口侑樹は前に出て迎えた。「博士、お願いします。」

ジェームズ博士は頷いた。「ニュースを見てすぐに駆けつけました。社長、江川夫人と赤ちゃんを全力で助けさせていただきます。」

「ありがとうございます。」

その後、ジェームズ博士も手術室に入った。

江口侑樹は目を上げ、手術室の上に点いている赤いランプを見つめた。心は底なし沼に沈んでいくようで、必死に這い上がろうとするものの、どんどん深みにはまっていくようだった。

彼は窓際に立ち、両手を力なく下ろした。