「おや、誰の家の朝ごはんだろう。朝早くからこんな良い香りが漂ってくるなんて」
鈴木家から数百メートル離れた田んぼでは、多くの村人が夜明け前から農作業をしていた。
三、四月は種まきの時期で、十日か二週間ほどで田植えができるようになる。そのため、田植えの時に支障が出ないよう、田んぼには十分な水を確保しておく必要があった。
朝早くから水路の水を田んぼに引き入れ、ついでに除草や土起こし、自然肥料を入れて土を肥やしていた。
「そうね、肥料を担いで運んできたばかりで臭い匂いがするのに、こんな良い香りがするなんて、不思議ね」と草田睦美が言った。
臭い匂いと良い香りが混ざり合う、何とも言えない感覚だった。
「違うわ、これは誰かの朝ごはんの匂いじゃない?」隣の田んぼで作業をしていた藤山玉枝が疑問そうに言った。「花の香りじゃないかしら?」でなければ、誰の朝ごはんがこんなに遠くまで香るというの。