第85章 あの夜は林夏美ではなかった

翌朝。

夏川清美は木村久美の世話を済ませ、階段を降りると結城お爺さんの隣に結城陽祐の姿を見かけた。

太極拳を練習するため、結城お爺さんは生成りの綿製中山服を着ており、とても元気そうに見えた。そして、彼の隣にいる結城陽祐も同じ服装をしていた。

普通なら年寄りっぽく見える中山服だが、結城陽祐が着ると、より一層その気品のある姿が際立っていた。その美しい顔立ちは、ピンクのバラの傍に立つと、まるで謫仙が人間界に降り立ったかのようだった。

夏川清美は目の前の男性を形容する言葉を長い間考えたが、最後には「綺麗」という二文字しか思い浮かばなかった。

綺麗以外の何物でもなかった。

「清美ちゃん、急いで始めましょう。久美ちゃんが起きたら時間がなくなってしまいますから」結城お爺さんは夏川清美が孫を見てぼーっとしているのを見て、慣れていないのかと思い、急かした。