第307章 君子は危うき壁の下に立たず

「わあ!」

夏川清美は驚きの声を上げた。

そして、赤い太めの狐のぬいぐるみが出口に落ちるのを見て、夏川清美は急いでしゃがんでそれを取り出した。桃の花のような目は喜びで輝いていた。

彼女は本当に取れるとは思っていなかった。

しかも、これが彼女の初めてのクレーンゲームだった!

手に持ったぬいぐるみを結城陽祐に向かって振りながら、「取れたよ!」

「うん」結城陽祐は頷き、気分も良さそうだった。

健二は驚きの表情で、信じられない様子で野村黒澤を見た。「若奥様が本当に取れたんですか?」

正陽様はさっきまでずっと取ろうとしても取れなかったのに。

野村黒澤は健二を横目で見た。彼は本当にこいつに教えたかった。これが偶然なわけがない。正陽様の手の中で起こる偶然には、ただ一つの可能性しかない。それは周到に計算されたものだということだ。

このマシンには独自の計算プログラムがあるはずで、毎回のつかむ力の強さ、どの程度まで累積すれば成功するのか、データのポイントがあるはずだ。

そして先ほど正陽様がレバーを若奥様に渡した時が、まさにそのポイントの回数だったはずだ。だから若奥様が取れたのだ。

しかし、若奥様がこんなに喜んでいるのを見て、正陽様も機嫌が良さそうだったので、野村黒澤は当然健二に説明するつもりはなかった。

夏川清美はまだ信じられない気持ちだった。以前は結城陽祐がこんな年齢で子供のゲームをするなんて幼稚だと思っていたけど、この瞬間になって初めて気づいた。幼稚も何も、子供の喜びは、大人には理解できないものなのだと。

赤い太めの狐を握りしめながら、夏川清美の心は言いようのない喜びに満ちていた。ところが、そのとき結城陽祐が彼女の手からぬいぐるみを取り上げ、「うん、僕にくれる」と言った。

夏川清美は「……」断ることはできるのだろうか?

「あの、私……」

「ありがとう。とても気に入った」夏川清美が言い終わる前に、結城陽祐は誠実に感謝を述べた。

夏川清美は、まだ同意してないはずなのに……と思った。