第532話 林夏美、どこにも行かせない

結城陽祐が夏川清美に黙れと言った時、夏川清美は突然「別れましょう」と口走った。

夏川清美は辛そうに言ったが、それでも言い切った。

結城陽祐は聞き間違えたと思った。

呆然と夏川清美を見つめると、ぽっちゃりくんの顔には涙の跡が残っていた。心配と怒りが込み上げ、一気に書斎に引っ張り込んだ。「林夏美、お前狂ったのか?」

「違う……」夏川清美は咽び泣きながら、止めどなく涙を流した。彼女は普段涙もろい性格ではなかった。この人生にやり直してから、手術台で開腹されて痛みで即死したいほどだったときも泣かなかった。自分の死が先輩と関係していることを知ったときも泣かなかった。おじいさんに会ったときも泣かなかった。でも「別れましょう」という三文字を口にしたとき、本当に抑えきれなかった。

傷がなくても、人は肝腸寸断の痛みを感じることがあるとは知らなかった。

結城陽祐に向かって首を振り続けた。彼女は狂ってなどいない。ただ耐えられないだけだ。彼を失うことも、彼が他の人と……というのも受け入れられない。

結城陽祐は夏川清美のこの様子を見て、目が赤くなってきた。「何も知らないくせに俺を裁くのか。林夏美、よくやったな。別れる?夢見るな!お前が俺と付き合うと決めた瞬間から、別れるなんてありえない!」

「それで?別れずにゴミのように扱われるの?」あの男がクールに女優を瑞穂エンタメと契約するよう指示したことを思い出し、夏川清美は寒気がした。

結城陽祐は夏川清美が先ほどの言葉を誤解していることに気付かず、自分の真心が犬に食われたように感じた。いつ彼女をゴミのように扱ったというのか?

彼は彼女に十分よくしてきたのではないか?

この人生で誰にもこれほど尽くしたことはない。なのに彼女は彼の愛を何だと思っているのか?

「俺がお前をゴミのように扱った?林夏美、お前の良心はどこにある?別れたいと言い出したのはお前だ。人をゴミのように捨てようとしているのもお前だ。なのに今度は被害者面か?すごいじゃないか!」結城陽祐は怒りで手が震えた。

夏川清美は赤い目で顔を上げた。「私が被害者面?あなたが尻尾を隠したつもりでも、私は何も知らないとでも?ニュースは見たわよ。あなたの動きが遅かったから、私は全部見てしまった!」