第653章 自分の女に置き去りにされた正陽様

お手洗い。

夏川清美は野村咲良にウェットティッシュを渡した。

野村咲良はウェットティッシュを受け取り、少し恥ずかしそうにお礼を言った。

夏川清美は笑って、「気にしないで。あなたは岡田監督の彼女だから、これからは私たちの友達よ」と言った。

夏川清美の言葉を聞いて、野村咲良は少し困ったように説明した。「私は彼の彼女じゃないんです...」

「陽祐さんから聞いたんだけど、岡田監督が初めて一人の女の子にこんなに緊張するのを見たって。彼女じゃなくても、あなたは彼の心の人なのよ」夏川清美は、濃いメイクを拭き取って現れた小さくて可愛らしい顔立ちの女の子を見ながら、優しく言った。

実際には結城陽祐からそんな話は聞いていなかったが、夏川清美は自分の男が理由もなく行動することはないと知っていた。

野村咲良はその「心の人」という言葉に一瞬戸惑ったが、どう説明していいかわからなかった。たぶん彼女は以前は彼の心の人だったのかもしれないが、それはもう過去のことだった。

今の彼は彼女に嫌悪感しか持っていない。

しかしこれらの言葉を初対面の美しい女性に話すことはできず、少し落ち着かない様子で「終わりました」と言った。

「じゃあ、外に出ましょう」と夏川清美は笑顔で言った。

野村咲良は外にいる目を見張るほど優れた男性たちのことを思い出し、少し緊張した。いつからこんなに臆病になってしまったのだろうと思った。

夏川清美は野村咲良の躊躇いを見て、はっと気づいたように言った。「自己紹介するのを忘れていたわね。私は林夏美、結城陽祐の婚約者よ」

「正陽様の婚約者って...」野村咲良は芸能界にいるため、多少ゴシップには関心があった。特に林明里と一緒にウェブドラマを撮影したことがあり、彼女が正陽様と結婚すると知った時は正陽様の目が節穴だと思ったが、婚約式の生配信を見た時に花嫁が変わっていて、その時はとても嬉しく思った。

ただ、正陽様の婚約者はデブだったはずなのに、目の前の人は容姿も体型も最高級だった。

これは...

「ああ、正陽様の婚約者はデブじゃなかったのかって思ったの?デブは痩せられないっていう法でもあるの?」と夏川清美は笑った。