男は清々しく凛とした様子で、スラックスの下の脚は長く、魅力を感じさせるほど整然とした。彼が近づいてきたとき、灰原優歌は彼の顔をはっきりと見た。
深みのある冷たい目元、少し怠惰な様子だが、淡い色の瞳には人を寄せ付けない疎遠さを漂わせていた。それなのにやや上向きの目尻から、人を惹きつける魅力を感じた。
そう思っているうちに。
彼の視線が、真っ直ぐ灰原優歌に向けられていた。
突然。
「あそこだ!あいつあっちにいるぞ!」
後ろから屈強な警備員たちが警棒を持って、威勢よく走ってきた。
しかし。
灰原優歌の前に立っている男に気付くと、みな思わず足を止めた。
その男は淡々とした表情で、ただ何気なく立っているだけなのに、圧迫感があるのだ。
「すみませんが、この人は当院の発病した患者です。特に用がなければ、連れて行かせていただきます」
警備員の一人が前に出て、緊張した様子で言った。
「ねえ、警察に通報していただけませんか?この病院の中で未成年の患者への猥褻行為が起こっているのです」
灰原優歌はここに「渡様」という人がいることを見覚えがないので、思い切って目を上げて言った。
もし、この男が彼女のために通報してくれれば、それが一番簡単な解決方法だった。
でも、もし彼らが共謀者なら……
灰原優歌の目の底に暗い光が走り、手の中のナイフを強く握りしめた。
「違います!彼女は精神病患者です!彼女の戯言を信じないでください!」
警備員の表情に動揺が走り、すぐに声を上げて言った。「早く彼女を連れて行け!」
その言葉が終わるや否や。
灰原優歌はナイフを握りしめ、警備員が近づいてくるのを待っていたが、突然あの男が彼女の目の前に立ちはだかった。
「あなた……」
警備員はそれを見て、何かを言い出そうとしたが、男の両側にいた助手に止められた。
その時。
灰原優歌が顔を上げると、思わず男の光さえも飲み込めるような瞳と目が合ってしまった。
「あなたはどこかの誰か知らないが、この病院は……」
「どこかの誰?失礼だな」
彼はフッと笑い、突然長くてきれいな人差し指を彼女の額に当て、澄んだ声で言った。
「ほら、お兄ちゃんと呼んでごらん」
この「お兄ちゃん」が男の魅力的な声で言われると、まさに誘惑的だと言っても過言ではない。
額から伝わってきたその男の指先の温もりを感じ、灰原優歌はしばらくの間ぼーっとしていた。
これって、からかわれたの?
灰原優歌だけでなく、久保時渡(くぼ ときと)の隣にいる曽田助手も急に振り返り、信じられない表情を浮かべた。
渡様はまさか取り憑かれたのか!?
ここ二十数年間ずっとクールで禁欲的だったのに、何のために今精神病院の患者をからかうのか!?
この女の子も不審すぎる……
顔中あざだらけで、知らない人が見たら春の花畑かと思うだろう。
突然。
「じゃ、お兄ちゃん、私を連れて行ってくれますか?」
少女は魅惑的に笑ったが、その目に満ちた純粋さが人を惹きつけているのだ。
でもその同時に、彼女は手の中の物を、なおも強く握りしめていた。
男の淡い瞳が深くなり、元々も無関心そうだった目はさらに冷たくなり、彼女が反応する前に突然彼女の手からナイフを取り上げた。
この小娘、本当に大胆だな。
灰原優歌は急に半身をかがめている男をじっと見つめた。「あなた……」
「曽田旭(そだ あさひ)、警察に通報しろ」
男がゆっくりと言い終えると、警備員は慌て始めた。
「ちょっと、その狂人の言葉を信じるんですか?!」
その言葉が終わるや否や。
入り口から突然パトカーのサイレンが鳴り響いた。
「どういうことだ?!」誰かが慌てて尋ねた。
まだ通報してないはずなのに?!
病院の中にいる人々は不安に襲われ、たちまち大混乱に陥った。
「曽田旭、犬を連れて帰る」
曽田助手は頷き、リードを拾おうとしたが、アラスが突然彼に向かって吠え立て、彼を大いに驚かせた。
「ムギ、こっちおいで」
彼女の声を聞くと、アラスは大人しく彼女の元に行き、すり寄り始めた。
アラスは目を輝かせながら、彼女の足元に寝転がって、お腹を撫でてもらおうとした。
その様子を見て、曽田助手はすぐに理解した。
若様が拾ったアラスは野良犬ではなく、この女の子のペットだったのだ。
灰原優歌は突然軽く笑い、その笑顔が実に美しくて魅力的だった。「ねえお兄ちゃん、犬だけで寂しいよ、私を連れて帰ったら?」