お兄ちゃんと一緒に帰るんじゃなかった?

なんとなく。

空気も重くなり、周りにいるボディーガードたちは息をするのも怖くなった。

この女が言ったのは、まるで渡様を挑発しているのようだった。

しかし次の瞬間、彼らはさらに驚いた。

男はナイフをゴミ箱に投げ入れた後、ゆっくりと言った。「曽田旭、ここを更地にしておけ」

「は、はい!」曽田助手は慌てて返事をした。

それを聞いた病院の他の人々は、驚愕し、背筋が寒くなった!

終わりだ!

今度こそ本当に強敵に当たってしまった。

そして灰原優歌は不気味な予感がした。この病院の処理が終わったら、次は自分かもしれない……

その後。

灰原優歌が顔を上げようとした時、突然周りに淡くて良い香りが漂ってきて、独特で侵略的な香りだった。

そして。

彼女が反応する間もなく、目が回るような感覚と共に温かい胸に抱きしめられた!

薄いシャツ越しに、熱い体温と心臓の鼓動が伝わり、頬が赤くなるほどだった。

灰原優歌は顔色を変え、反射的に男の首に腕を回した。まるで落ちないようにするかのようだ。

この反応に、男はやや愉悦を感じた。

しばらくして。

灰原優歌は久保時渡の低くて魅力的な声を聞いた。その声から、いちゃつきたいなのか、それともただ自分をからかうだけか、よくわからなかった。

「怖がる必要ないよ、兄ちゃんの腰は大丈夫だから」

「何をしたいの?」彼女の笑顔が消えた。

一目見た時から、この男は危険すぎて近づきにくいと感じていた。でも予想外にも、この男の行動は全く読めなかった。

「あら。お兄ちゃんと一緒に家に帰るんじゃなかったっけ?」

久保時渡は平然とした顔で、灰原優歌に傘を渡したあと、そのまま彼女を抱えて行こうとした。

この光景を見た曽田助手とボディーガードたちは目を丸くした!

渡様はどうしたんだ?!

本当に人を連れて帰るつもりなのか?!

そう思っていたら、意外なことが起こった。

久保時渡が入り口に着いた時、突然誰かの激怒した声が聞こえた。

「人はどこだ!?言っておくが、妹が見つからなければ、お前たち一生刑務所暮らしになるぞ!」

その声を聞いて、灰原優歌が振り向くと、柴田浪(しばた なみ)の怒りに満ちた美しい顔が見えた。

小説の描写通りに、その男の銀色に染めた髪と際立つ容姿から、これが自分の三番目の兄だと灰原優歌はそう判断した。

国内で人気のeスポーツ選手で、世界大会で優勝したばかり、チームを率いて栄光に満ちて帰国したところだった。

この瞬間。

柴田浪は怒りの表情を隠す間もなく、自分の妹が冷たい目で自分を見つめているのを見た。

「優、優……」

柴田浪は喉が渇いた様子で、まだ何も言っていないうちに、灰原優歌は遠くに柴田浪に似た男ともう一人の美しい少女を見つけた。

灰原優歌はフッと笑い出した。「あら、来るべきじゃない人たちまで、全員来たの?」

全員?

元々柴田浪は訳が分からなかったが、振り向くと長兄と柴田裕香も急いでやって来ていたのを気づいた。

「お兄ちゃん、私を連れて帰るんでしょう?」

灰原優歌は口を開き、柴田浪の目の前で、親しげに久保時渡の耳元に寄り添った。

柴田浪がそれを見て、啞然とした。

この状況はおかしい!

本当は今なら妹が甘えた様子で、自分の元に駆け寄ってきて抱きついてくるべきだったけど。

どうして突然見知らぬ男が現れて、妹を抱きかかえ、しかも妹に「お兄ちゃん」と甘く呼ばれているんだ?!

この展開は前世と全然違うけど?

もしかして、自分が転生して帰ってくるのが早すぎたせいか??

柴田浪は灰原優歌がほかの男に抱かれている様子を見て、目が赤くなり、思わず拳を握りしめた。

自分でさえ一度も優歌をこんな風に抱いたことがないのに。

しかし。

灰原優歌は柴田浪のその表情を見て、また彼に揶揄されると思い、顔を背けて相手にしないことにした。

この態度に、柴田浪は天が崩れるような感覚を覚えた。

優歌はどうしてしまったんだ??!

「浪お兄さん、灰原優歌は大丈夫ですか?」

突然、可愛らしき声が伝わってきた。

灰原優歌は思わず眉をひそめた。

そしてこの時。

彼女を抱いている男が何かあったように、突然遠くへ向かって歩き出した。

これにより来た人々は男の姿をはっきりと見ることができず、言うまでもなく、この男が噂の久保集団の社長だとは知る由もなかった。

「優……」

柴田浪がまだ口を開かないうちに、柴田裕香に手を引かれた。「浪お兄さん、もういいじゃない。彼女はただ兄さんたちの注目を引きたいだけよ」