彼女に会った時、その警戒心に満ちた表情を見て、心の底から彼女をからかってやろうという気持ちが強かった。
しかし、なぜか、彼女が顔を背け、親族を相手にしたくない様子を見ているうちに、まさか彼は本当に彼女を連れ出してしまった。
これは彼にとって珍しい衝動的な行動だった。
「お兄さんが忙しいなら、道端に置いていってくれても構いません」
灰原優歌の瞳は澄んでいたが、どこか野性的で奔放な性格が感じられた。
彼女からすれば、この男が自分を連れ出してくれたことで、すでに恩を受けているから、厄介者である自分の面倒を見てもらおうとは思っていなかった。
男の低い声は、今彼が手にしている銀のライターをつける音よりも、さらに冷たさを持っていた。
「家出した少女の面倒を見るのは、当然のことだ」
それを聞いて、灰原優歌の心臓は不思議と一瞬止まった。
こんな立派な男が主人公じゃないの?
じゃあ、なぜあの内田和弘(うちだ かずひろ)が主人公なの?サイコパスだから?
そう考えていた時、灰原優歌が我に返る間もなく、突然体が宙に浮き、まさかまた抱き上げられた!
灰原優歌は二度目も思わず男の首に腕を回したが、顔色は良くなかった。
あの男の顔に浮かぶ楽しそうな笑みを見た後は特にだ。
彼女は惜しみなく艶やかな笑顔を見せ、「お兄さんとの恋は、速いですよね?」と聞いた。
その言外には、久保時渡と恋するときっとすぐに振られるという意味が含まれているのだ。
しかし、予想外のことに。
その男は無関心ながらセクシーな様子で、人を赤面させるような言葉を口にした。
「他の男は速いかもしれないが、お兄さんなら、強いだけだ」
「……」
ホテル。
プレジデンシャルスイート。
灰原優歌はあの男にソファーに置かれた。
しかし、灰原優歌が周りを見回すと、近くのベッドにはハート型に並べられたバラの花びらがあることに気付いた。
「まずはこれに着替えろ」
久保時渡が近づいてきて、適当に服を灰原優歌に投げてから、また横に座った。
彼が振り返ると、灰原優歌が手にしたバスローブを見つめているのに気付いた。
しばらくして、意味深な目でまた彼を見つめた。
それを見て。
男は思わず軽く笑い、そしてゆっくりと彼女に近付いた。
彼の低い声には、人を焦がすような温かさがあった。「お嬢さん、もし私が悪い人間なら、あなたは今ソファーに座っているんじゃなくて、お兄さんの膝の上に座っているはずだよ」
そう言って。
彼がホテルサービスに電話をかけようとした時、突然ドアをノックする音が聞こえた。
「渡様?久保大夫人が渡様がお食事をされていないとのことで、お持ちするように言われました」
この言葉を聞いて、灰原優歌も眉を上げた。
こんな高級ホテルが、夕食サービスぐらいは提供するべきだったのに。
これは明らかに別の意図があるのだ。
「私、トイレに行った方がいいですね?」灰原優歌は非常に察しが良かった。
何せ、これは年長者の好意だから。
しかし、久保時渡は意味ありげに彼女を見つめた。
「もう少し若ければ、お兄さんの娘になってもいいかもしれないね」
灰原優歌は目を閉じたいぐらい呆れた。
目の前にいる男は彼女よりわずか4、5歳年上だけなのに。
久保時渡は横目で彼女の濡れた服を見て、「シャワーを浴びる?」と聞いた。
灰原優歌は自分が少し汚れているのを見て、久保時渡が彼女の体が汚いと思っているのだと考えた。
「はい」
彼女は頷き、ゆっくりとバスルームに向かった。
「渡様、いらっしゃいますか?」
男はドアの外から執拗に続くノックの音を聞きながら、タバコケースからタバコを一本取り出した。
瞬く間に白い煙が立ち込めた。
彼は薄い唇でタバコを軽く咥え、だらしなくソファーに寄りかかり、眉には何の感情も見せなかった。