君に期待なんてしていない

「帰らないなら、ここで脱ぐつもりかしら?」灰原優歌は興味深そうに唇を曲げた。

女は唇を噛みしめ、怒りに燃えて立ち去った。

怖くて逃げたわけではない、灰原優歌の前で、脱いだ方が本当に恥ずかしいと分かっていたから。

女が去った後、灰原優歌は着替えを済ませ、ゆっくりと薬を塗った。

数分後。

久保時渡が出てきて、鼻を突く香水の匂いを嗅ぎ取った。

「誰か入ってきたのか?」彼は瞳を深く沈ませた。

「もう帰ったよ」

灰原優歌は傷の手当てを終え、悠然と唇を曲げながら言った。「でも、お兄さんは帰ったら、きちんと説明しないといけないかもしれませんね」

久保時渡は彼女の傷の包帯が変だと思い、彼女の前に歩み寄り、初めて身分を忘れて他人の手当てをした。

「君がいい子にしてくることを期待するなんて、最初からしてないさ」

この少女の顔つきからして、いい子なんかじゃなさそうだ。

「……」

灰原優歌は突然、さっきの女性にバスルームに鍵がかけていないことを教えるべきだったと思った。

「君の名前は?」

久保時渡の包帯を巻く手つきは慣れていて、仕上がりも綺麗だった。

「灰原優歌です」

それを聞いて、男は唇を曲げ、目を上げた時には少し気だるそうな様子を見せた。

「私は久保時渡だ。電話番号は教えるから。今日は早く休め」

……

一夜浅い眠りの後。

灰原優歌はテーブルの上に置かれたメモを見つけた。力強い筆跡だった。

その下には数万円が置かれていた。

彼女は今や恩だけでなく、お金まで借りることになった。

灰原優歌は自分の現状を考え、この恩返しは少し難しそうだと感じた。

灰原優歌は柴田家が好きではなかったが、それでもホテルを出た後タクシーで向かった。

柴田家の豪邸。

ソファーに座っているシンプルな白いTシャツを着た端正な少年が、イライラしながらタバコを吸っていた。

表情は悔しげだった。

昨日は柴田裕香と話したせいで、優歌をほかの男と行かせてしまった!

でも前世では、ある重要な人物の娘がその病院に入院したあと亡くなったことで、この病院が暴露されたのだ。そして優歌は退院後、ひどい目に遭ったため、性格も変わってしまった。

前世の優歌が悲惨に叫んでいた「次の人生では、もうお前らの妹になりたくない」という言葉を思い出し、柴田浪の手が震えた。

タバコの灰が熱くなり、彼は思わず目を上げた。

すると、ちょうど入ってきた灰原優歌と目が合った。

以前の変な装いやメイクをしていた灰原優歌と比べて、今日の彼女は赤いドレスに黒髪、そして雪のような肌で、目を引くほど美しかった。

特にその瞳は、目尻が赤く、一晩中起きていたかのようだったが、それでも魅力的だった。

柴田浪は拳を握りしめ、目が潤んだ。彼は優歌がこんなに美しかったことをほとんど忘れていた。

破産前は優歌のことを全く知っていなかった。破産後には優歌の美しさに気づいたが、口紅一本を買って贈ることもできなかった。彼女が三つのバイトをすることや、古い服を着ているのをただ見てあげることしかできなかった。

「優歌……」

「お兄さん!私のピアノ室は日当たりが強すぎるの。灰原優歌の寝室を使っていいって約束してくれたでしょう。どうせ同じようなものだし!」

柴田裕香は甘えた表情で、柴田浪の腕にしがみつきながら、彼の言葉を遮った。

その瞬間。

柴田浪の端正な顔が曇った。

まさか自分がこんな理不尽な約束をしていたなんて!

彼が口を開く前に、灰原優歌が口角を上げたのが見えた。

「別にいいわよ。私、寮に住むつもりだから」

それを言い終わった後。

柴田裕香はようやく隣の人に気付いたが、その人の容姿を見た途端、目を見開いた!

この女が灰原優歌だと?!

ありえない!どうして彼女がこんな顔を持っているの?!

「寮生活に慣れるか?」

柴田浪は声が掠れ、少し不自然に尋ねた。

それを聞いて、柴田裕香も驚いた。浪お兄さんは灰原優歌が一番嫌いで、うるさいと思っていたはずなのに。

もしかして浪お兄さんは、灰原優歌が寮生活に慣れないだろうと思って、引っ越しを繰り返すのが面倒だと考えているのかしら?

そう考えると、柴田裕香の表情は良くなった。

「浪お兄さん、灰原優歌がそんなに甘えているわけないでしょう」