言葉が落ちた。
灰原優歌は久保時渡が礼儀を極めて重視していることを思い出し、千田郁夫の方を向いて言った。「郁夫兄さん、今日は送ってくれてありがとう」
「……どういたしまして」
この「郁夫兄さん」という呼び方に、千田郁夫は体が硬直したが、また笑顔を見せた。
そして、千田郁夫をずっと見つめていた男性の、普段は物憂げで冷たい目つきも、深遠なものに変わった。
「じゃあ、先に上がります。今度ご飯でもご馳走させてください」
灰原優歌がそう言って中に入ると、久保時渡は思い出した。最初にこの子と二回目に会った時も、彼女は同じことを言っていた。
考えてみれば、千田郁夫とこの子も二回目の出会いだったのだろう。
「渡様、優歌はいつもあなたの家に住んでいるんですか?」千田郁夫はまだリビングの方を見つめながら、さりげなく尋ねた。