「おとなしいね」
彼女は男の低くて磁性のある笑い声を聞いた。それは喜びを帯びていた。
「……」
灰原優歌は久保時渡の手を振り払ったが、ある予感がした。
自分の頬は、きっとこの男に揉まれて赤くなっているはずだ。
その時。
灰原優歌は周りの露骨な視線を感じ、もう薄田京香をからかう気も失せていた。
彼女は唇を噛んで、久保時渡を一瞥してから、一人で横の階段へと向かった。
「優歌、あの階段は最上階には通じていないよ」久保時渡は小娘が怒り出したのを見て、思わず無言で笑みを浮かべた。
「三階に行くの」
さっきヴィックから電話があって、三階にいると言っていた。
灰原優歌が振り返りもせずに行くのを見て、久保時渡の視線は容赦なく彼女の脚とスカートの境目に落ちた。
その肌は眩しいほど白く、見ていると、今にも春の光が漏れそうな様子だった。
久保時渡は小娘の怒りっぽい様子を見て、エレベーターに乗せることもせず、むしろ長い脚で前に進んだ。
彼の端正な眉目は怠惰で軽薄そうだったが、片手で素早く高価な黒いスーツの上着を脱ぎ、小娘の後ろについて行った。
「優歌、ゆっくり。転ばないように」男はスーツで灰原優歌のスカートの下を隠しながら、軽薄でありながら諦めたような口調で言った。
他人の目に映る光景。
前を行く小娘は振り返りもせずに拗ねており、後ろの端正な顔立ちの男は、黒いスーツの上着で彼女のスカートの下を隠している。
この行動は、まさに独占欲の塊だった!!!
「きゃあ、見て見てあそこ、彼氏力がすごい!」
横にいた女の子たちは興奮した悲鳴を抑えきれないようだった。
「すごく甘やかしてるじゃない??!あのお兄さん見た?超イケメンじゃない、まさに歩くホルモンよ!!!」
「私、もうダメ、もうダメ、もうダメ!!」
……
周りの羨望の声は、薄田京香の表情の悪さには全く影響しなかった。
彼女は拳を握りしめ、胸が刺されるように酸っぱく痛かった!
もともと、彼女は久保時渡が誰のことも眼中に入れていないと思っていたから、彼の冷淡さを気にしないでいられた。
でも今、彼女は久保時渡が一人の女性のために見せる別の一面を目にしてしまった。
彼女は、さっき久保時渡と話し終わった後、灰原優歌が来て主権を主張すると思っていた。
でも今のこの光景。