なぜなら、離婚したら、彼に対抗するのは、簡単になるはずだ。
だから最近、彼女がどんなに迫っても、彼は離婚に応じないだろう……
それに海野家も離婚を許さないだろう。彼女がどうやって東山裕と結婚したのか、もはや秘密でもなんでもなく、みんな陰で噂していた。
今離婚したら、彼女を快く思わない人たちは容赦なく嘲笑うだろう。厚かましくも東山裕のベッドに上がり込んだくせに、結婚生活は一年も持たなかったと。
彼女が笑い者になることは、海野家が笑い者になることであり、海野家全体の面目を失うことになる。
だからどんな理由があろうとも、彼女以外の全世界がこの離婚に反対するはず。
海野家も東山裕も、この結婚が良いと思っていないにもかかわらず。
海野桜は突然皮肉な笑みを浮かべた。
必死になって彼と結婚し、今度は必死になって離婚しようとしている……これって皮肉じゃないだろうか?
だから伝統的に、女の子は慎み深くあるべきだと言われているのだ。
慎み深くなく、自分のものではない幸せを追い求めた結果は、こうなってしまうのかもしれない。
恋愛とは、常に両想いであるべきもの。一方的な思いは、双方を苦しめるだけだ。
海野桜は今更後悔しても仕方がない。
ただ待つしかない、これら全てが過ぎ去るまで待って、そして東山裕と離婚するのだ。
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その夜、東山裕は出て行ったきり戻ってこなかった。
海野桜は広いベッドで一人寝て、悪夢にうなされた。
朝、悪夢から目覚めて、前世に戻っていないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろした。
本当に、もうあんな日々には戻りたくない。
だから今世では、どんなに努力でも、しっかりと生きていく、自由に生きていくのだ。
張本さんの料理の腕は相変わらず素晴らしかった。
海野桜はおいしく朝食を楽しんだ後、着替えに行った。
今日は実家に帰って様子を見に行くつもりだ。
前世では東山裕のことばかり考えて、自分の祖父、そして唯一自分を本当に愛してくれた人のことをほとんど気にかけなかった。
後に死刑判決を受けた時、年老いた祖父は悲しみのあまり、すぐにこの世を去ってしまった。
彼女の父は幼い頃に亡くなり、祖父がほぼ唯一の肉親だった。
祖父が亡くなった後は、彼女の生死を気にかける人もいなくなった。刑罰を軽減するために関係を取り持とうとする人もいなくなった。
その時になってようやく気付いた。この人生で最も大切な人は祖父で、祖父こそが最大の後ろ盾だったということを。祖父がいなければ、好き勝手に振る舞える立場にいられるわけがないのだ。
幸いに今世ではやり直すチャンスがある。もう二度と祖父を悲しませるようなことはしない。
……
海野家の社会的基盤は極めて厚い。
海野桜の祖父海野統介は将軍として知られ,軍において最高位の階級にあり、人々から深い敬意を払われていた。
海野統介は既に退役していたが、その威厳は衰えていなかった。加えて海野家は一族が大きく、政界にも財界にも人脈があったため、海野桜は名実ともにお嬢様だった。
東山裕の家族も名門だが、東山裕は主にビジネスだけに力を入れていた。
現在、彼のビジネス帝国は福岡市で最大手となっている。
海野桜は知っていた。東山裕は並外れた能力を持っており、すぐに彼のビジネス王国を世界へと導くだろうということを。
その時、彼は福岡市の誇りとなり、日本で最も価値のある男性となるだろう。
今の海野桜はかろうじて彼に釣り合っているが、その時には釣り合わなくなるだろう。
おそらく彼に相応しいのは、お姫様だけだ。