第13章 彼に忘れられて……

足元の黒いハイヒールが、彼女の細くまっすぐな脚を一層長く見せていた。

彼女の髪は優しく耳にかけられ、知的で女性らしい柔らかさを失わない姿は、一目見ただけで思わず目を奪われるほどだった。

そう、林馨は清楚で美しかった。そうでなければ東山裕の注目を集めることはなかっただろう。

でも、なぜ彼女がここにいるの?

海野桜はハッと気付いた。彼女は今、東山裕の側近秘書だから、彼を出迎えに来るのは当然のことだった。

なるほど、東山裕が後に彼女を好きになるわけだ。この女性は勤勉で、仕事もできる。

彼女と比べると、海野桜のわがままやプリンセス病は、とんでもない罪のように見えた。

だから今生は彼女の存在を無視すると決めていても、彼女を見ると、海野桜の心は落ち着かなかった。

ああ、彼らを見るだけで気分が悪くなる。

彼らはいつ付き合い始めるのだろう。その時は必ずシャンパンを開けて祝おう。

海野桜が林馨を観察している間、林馨も彼女に気付いた。

彼女は少し驚き、東山裕は彼女の表情に気付いて、視線の先を追うと、海野桜を見つけた。

男は少し目を細め、彼女が何をしようとしているのか分からなかった。

海野桜はようやく自分の目的を思い出し、急いで近寄って書類の入った封筒を彼に差し出した。「これを渡したくて。必ず見てください。見終わったら返事をください。」

本当は離婚協議書だと直接言いたかった。

でも、彼らの離婚のことは公にできず、二人だけの秘密にしなければならなかった。

「何だ?」東山裕は冷淡に尋ねた。

「見れば分かります。あなただけに見てほしいものです。」海野桜は無理やり渡すと、すぐに立ち去った。

数歩歩いて振り返り、念を押した。「必ず見てくださいね。早めに返事をください!」

東山裕は眉をしかめ、彼女が何をしたいのか分からなかったが、何も聞かずに車に乗り込んだ。

林馨は過去の確執を気にせず、彼女に軽く頷いてから、後に続いて車に乗った。

車のドアが閉まり、すぐに走り去った。

海野桜は車が遠ざかるのを見届けてから、あくびをして、部屋に戻って寝ることにした。

東山裕は車に乗るとすぐに書類の入った封筒を脇に置き、林馨の業務報告を聞いていた。

会社に着くと、車から降りる時に海野桜からもらった封筒をちらりと見て、少し迷った末、持っていくことにした。

しかし、オフィスに着くと忙しい仕事が始まり、中身を確認する時間が全くなかった。

東山裕は最近特に忙しく、海野桜のことなど全く気にかけていなかった。

書類の入った封筒も当然、忘れられていた……

……

一方、海野桜は家で一日中彼の返事を待っていたが、何の連絡もなかった。

もしかして、まだ離婚に同意してくれないの?

でも離婚協議書には、絶対に秘密を漏らさないと誓う内容をはっきりと書いたのに。

約束を破れば、一億円の賠償金を支払うことになっている。

彼女には一億円はないし、浜田家にも彼女の賠償金として一億円を用意することはできない。だから絶対に秘密を漏らすことはできないはずだ。

こんなにも自分を縛っているのだから、安心して離婚してくれるはずでしょう?

なのになぜ返事をくれないの?

夕方になって東山裕が帰ってきた。海野桜はすでに夕食を済ませており、彼を待つつもりなど全くなかった。

そもそも彼は家で食事をすることも、帰ってくることも滅多にない。

東山裕がリビングに入ってくるとすぐに、張本家政婦が出迎えて、脱いだスーツを受け取った。「旦那様、夕食はお済みですか?」

「まだだ。」

「すぐに用意いたします。」

海野桜は車のエンジン音を聞いて、すぐに部屋から出てきた。階段の上まで来ると、ちょうど東山裕が下から上がってくるところだった。