海野桜は笑って、「違うわ。でももう大丈夫」と言った。
彼女は今夜起きたことについて話すつもりはなく、説明のしようもなかった。
相良剛はほっと安堵した。失恋じゃなくてよかった。
「誰かにいじめられたら、僕に言ってくれ。仕返ししてやるから」
海野桜は彼を見て、こんな兄がいたらなぁと少し残念に思った。
幼い頃から、相良剛のような、自分を守ってくれる兄がいることを夢見ていた。
彼を兄のように慕うのもいいかもしれない。
「うん、誰かが私をいじめたら、相良兄を頼るわ!相良兄、もう拳銃持ってるでしょ?」海野桜はあの日の容疑者逮捕の場面を思い出し、興味深そうに尋ねた。
相良剛は真面目な表情で頷いた。「もちろんさ。私のような階級の軍人は、実弾入りの本物の銃を持っているんだ。どうした?誰かを脅かしたいのか?」
東山裕!
海野桜は思わず彼のことを思い浮かべた。いつも彼に意地悪されるから、銃で脅かしてやりたいと思った。
海野桜は首を振った。「誰かが私をいじめたら、相良兄を呼ぶから、その時は銃を持ってきてね」
「任せとけ!」相良剛は快く承諾し、海野桜は明るく笑った。
二人は話しながら歩き、すぐに浜田家の屋敷に着いた。
相良剛は車を停め、降りて海野桜側のドアを開けてあげた。
海野桜は車から飛び出すと、顔を上げて彼に尋ねた。「相良兄、今日はご馳走様。お茶でも飲んでいかない?」
「いや、結構。もう遅いし、お爺さんの邪魔になるから。今度時間があったら、改めて挨拶に来るよ」
海野桜は頷いた。「じゃあ、気をつけて帰ってね。任務の時も気をつけてね」
「ああ」別れの時が来て、次に会えるのはまた随分先になる。相良剛は急に名残惜しくなった。
彼は海野桜の澄んだ綺麗な瞳を見つめ、抱きしめたい衝動に駆られた。
しかし結局、彼女の頭を優しく撫でるだけにとどめた。「じゃあ行くよ。中に入りなさい」
海野桜は首を振った。「相良兄が行くのを見送ってから入るわ」
「そうか、じゃあ行くよ」
「うん、さようなら!」海野桜は笑顔で手を振り、彼が去るのを見送ってから、中に入ろうとした。
ところが振り向いた瞬間、背の高い人影が!
「きゃっ!」海野桜は驚いて飛び上がった。
東山裕がいつの間にか彼女の後ろに立っていた。物音一つ立てずに、威圧的な雰囲気を漂わせながら。