矢崎粟と森田輝が洗面所から戻ってきたとき、森田輝は矢野常が以前の矢崎美緒の位置に立っているのを見た。矢崎美緒の姿はもうどこにもなかった。
森田輝は肘で矢崎粟をつついた。「粟、彼があなたを待っているんじゃないかな」
森田輝には本当に理解できなかった。なぜ矢野常は最初から矢崎美緒の側に立っているのに、裏では頻繁に矢崎粟を探しに来るのか。
本当に矢崎粟が言うように、矢野常の頭がおかしくなったのだろうか?
「無視すればいいわ。彼の頭はおかしいから」矢崎粟は森田輝の手を引いて、矢野常の横を通り過ぎた。
彼女はその言葉を声量を下げずに言った。矢野常ははっきりと聞こえていた。
「……」矢野常の表情が暗くなり、声も冷たくなった。「僕の頭はおかしくない」
矢崎粟は振り向きもせずに言った。「精神病患者だって自分が精神病だと認めないものよ!」