142 良い素質

「澤兼弘のことですか?」矢崎泰は一番上に置かれた資料を指さしながら尋ねた。

「そうです」矢崎粟はプチケーキを食べながら、その資料を開いて彼の方に寄せた。「デビューした年に新人賞を獲得し、二年後には助演男優賞も受賞したのに、なぜ紫音は彼を推さずに、むしろ彼の発展を抑制し続けているのでしょうか」

「それに森村博人に聞いたところ、この澤兼弘には特に悪いところはなく、業界内の多くの俳優やタレントからも高い評価を受けているそうです」

「以前、彼は無意識のうちに矢崎美緒の機嫌を損ねたんだ」矢崎泰は資料をめくりながら、淡々とした口調で言った。

また矢崎美緒か。どこにでも矢崎美緒の影があるのか?

矢崎粟は呆れて、プチケーキを矢崎美緒に見立てて思い切り噛みついた。

妹のそんな表情を見て、矢崎泰は少し可愛らしいと感じた。「実際のところ、私から見れば、澤兼弘も故意ではなく、矢崎美緒を標的にしたわけではないんだ」

矢崎泰は矢崎粟にこの件の経緯を説明し始めた。

きっかけは、澤兼弘がある恋愛ドラマの主演を務めた時のことだった。矢崎美緒はたまたま澤兼弘が演じる主人公に夢中になり、矢崎弘に甘えて一般人として澤兼弘と一緒にある番組に出演することになった。

矢崎弘は妹の矢崎美緒を甘やかしていたので、すぐに承諾した。しかし、番組でゲームをする段になって、矢崎美緒が期待に胸を膨らませていた時に、澤兼弘は別の女性ゲストを選んでしまった。

「矢崎弘は事前に澤兼弘に連絡して、矢崎美緒をパートナーに選ぶように言っておかなかったんですか?」矢崎粟は不思議に思った。

もし矢崎弘が事前に話をつけていたのに、澤兼弘が約束通りに行動しなかったのなら、確かに道理に合わない。

「それは私にもわからないね。ただ、その日矢崎美緒が家に帰ってきた時はとても落ち込んでいて、家族全員が彼女を慰めていたことは知っている」矢崎泰は首を振った。

この出来事があった時、彼は出張から戻ったばかりで、家でゆっくり食事をするつもりだった。しかし、このような雰囲気の中では食事をする気分にもなれず、ホテルで適当に夕食を済ませることになった。

「やはり時間を作って澤兼弘に会ってみる必要がありそうですね」矢崎粟は別の資料を取り出した。「この人も良さそうです」