「それはお前の母親の意思だ。私はただお前が自分の思う通りに生きてほしいだけだ」矢野問は振り向かず、ただ去りゆく足を止め、窓の外の景色を眺めながら言った。「たとえ生まれた時から運命の中にいたとしても、お前には自分の望むものを手に入れてほしい」
おそらく矢野常の中に若かりし頃の自分の姿を見たのだろう。矢野問の経験によって冷たく硬くなった心が、一瞬柔らかくなった。
「ありがとうございます」矢野常は父の背中に向かって静かに礼を言った。
しかし、彼は今や父のことがますます分からなくなってきていた。
さっき父が窓の外を見ていた時、父の中に悲しみを感じたような気がした。でも、その悲しみがどこから来ているのか分からなかった。
一方。
急ピッチで進められた工事の結果、矢崎粟のスタジオがついに完成した。