矢崎美緒は住まいに戻ってシャワーを浴び、夕食を済ませた後、矢野夫人にメッセージを送り、品物を手に入れたことを伝えた。
澤蘭子はメッセージを見て、目に喜びの色が浮かんだ。
しかし矢野常は隣の部屋に住んでいるため、彼女が直接取りに行けば、必ず息子に気付かれてしまう。
そこで彼女は生活アシスタントに電話をかけ、取りに行かせた。
そしてアシスタントにそれを呪術師の住まいまで届けさせた。
今朝早く呪術師は中華街に到着し、澤蘭子が用意した場所に入居し、いつでも呪術を行える状態だった。
翌日午前9時、呪術師はアシスタントが届けた髪の毛と血液を受け取り、儀式の道具を並べ、法術を始める準備をした。
一方、矢崎粟はホテルを出て、再び道家協会へと向かった。
今日は用事もないので、藤田川を訪ねることにした。
藤田川から教えられた住所に従って、矢崎粟は道家協会の小さな中庭に着き、中に入ると藤田川が中庭に座っているのが見えた。
庭には青竹が植えられ、みずみずしい緑が清々しかった。
彼は一人で机に向かい、机の上には茶壺が置かれ、お茶の香りが漂っていた。
向かい側には誰もいなかったが、木の椅子と茶碗が置かれており、誰かを待っているようだった。
矢崎粟が庭に入ってくるのを見て、藤田川は特に驚いた様子もなく、立ち上がって笑顔で言った。「師妹、どうぞお座りください!」
そして、彼は矢崎粟にお茶を注いだ。
「上質な西湖龍井茶です。」
矢崎粟はその香りを嗅ぎながら、笑って言った。「師兄にご迷惑をおかけしてしまいました。」
おそらく師兄は彼女を待っていたのだろう。
藤田川は穏やかに微笑み、相変わらず落ち着いた様子で、「師妹が今回私を訪ねてきたのは、何か用事があるのですか?」と尋ねた。
矢崎粟は頷いて、「私は明日中華街を離れますが、師兄を東京に招待して数日滞在していただき、東京の景色も見ていただきたいと思います。」と言った。
彼女は藤田川を見つめ、彼のすべての表情を観察した。
今回の訪問も、彼女の心の中の推測を確かめるためだった。
藤田川は率直に首を振り、特に悲しそうな様子もなく、「申し訳ありませんが、師妹の期待に添えません。私は中華街を離れることができないのです。」と答えた。
彼は玉のように白く長い指で茶碗を取り、一気に飲み干した。