572 一つの駒

田中凛の境遇は矢野徹とよく似ていて、彼女も自分の意思で動けない駒の一つで、もし裏切りが発覚すれば、その結末も良いものではないだろう。

もし矢崎粟がその人物を突き止めることができれば、運命の主導権を握ることができるはずだ。

矢崎美緒や吉村久真子のような利己的な人間は、背後の人物に操られていなくても、不当な手段で自分の利益を追求しようとするだろう。

彼女たちのような人間は、平凡な生活に甘んじることができず、かといって努力して成功を収めようともせず、ただ他人を害することで権力と利益を追い求めるしかないのだ。

矢崎粟の話を聞き終えた矢野常は胸が詰まり、煩わしく感じながら眉をひそめて尋ねた。「兄さんを助ける方法はまだあるのか?呪術を解けば、寿命を延ばすことはできるのか?」

彼は兄が母親の愛を簡単に手に入れたことを妬んでいたが、この時ばかりは同情を覚えた。

表面上、母は兄を愛し、細やかな母性愛を示していたが、背後の人物と共謀して、兄を犠牲にする策を練っていたのだ。

矢野常は躊躇した。母はこのまま続ければ、兄の寿命がどんどん縮まっていくことを知っているのだろうか?

矢崎粟は口を開いた。「因果応報、この世の万物は全て繋がっています。もしお兄さんが悪事を働かなければ、寿命が急激に縮むことはなく、長寿の望みもあります。しかし、もし虎の手先となるなら、他人を責めることはできません。」

矢野常は少し考えてから尋ねた。「兄が善行を積めば、効果はあるのか?」

「ありますよ。でも、お兄さんが真心を込めて行動することが必要です。形だけの善行では意味がありません。」矢崎粟は周りを見回し、矢崎政氏と森田廣に向かって言った。「あなたたちも善行を積まないと、これまでの厄運を解消し、今後の順調な道を開くことはできません。」

「分かった、そうするよ。」矢崎政氏が真っ先に同意した。

彼は今や矢崎粟の言葉を無条件に信じていた。実の妹が自分を害するはずがない、他人とは違うのだから。

森田廣もうなずき、矢野朱里の方を見やった。

もし善行を積むことで朱里が彼の元に戻ってくるのなら、一生善行を積み続けてもいい。だが残念ながら……